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イギリス旅行記~その3:British Vintage Wireless & Television Museum & さよならAMラジオ~送信所めぐり~その13:BBC Crystal Palace送信所,Alexandra Palace TV送信所 [紀行]

2024年2月20日の日記

今日はラジオ関連の博物館めぐりと,BBCの送信所を訪ねてきました。


BVWTM-3.jpg 左の緑の扉の奥になります。

ロンドンはものすごくたくさんの博物館があり,電話や郵便の博物館までありますけど,さすがに,ラジオとTVの博物館というとここだけ,だと思います。

また,Science Museumは国立,電話や郵便だと企業の博物館ですが,ここは私設の博物館で,その点では施設も貧相で,ちょっと気の毒な感じもしましたが,大変なコレクションでした。

場所はロンドン南部,ダリッチ地域にあります。Dulwichというところなので,ダルウィッチと発音するのか,と思ったのですが,電車の自動放送ではダリッチと発音していました。

ロンドン・ヴィクトリア駅からsoutheasternのサービスでWest Dulwichまで電車で行くか,地下鉄でヴィクトリア線Brixtonからバス3 Crystal Palace行きに乗れば行けます。

West Dulwich'.png 場所はここです。

ちょっと離れたところにBBCのクリスタル・パレス送信所があります。

知ってはいましたが,博物館としての建物はなく,ごく普通の民家の裏庭に何軒か,仮設の木造倉庫みたいな建物を建てて,そこに展示しています。特になにもmuseumという看板もないので,googleマップで見ないと通り過ぎてしまいます。

また,開館は金曜午後のみなので,事前に予約が必要です。

特にTVのコレクションが充実しています。

Baird televisor-1.jpg Bairdのtelevisor(1930)

1920年代はニプコー円板を使った機械式TVの時代です。1926年1月,ベアードはTVの送信実験を行いました。

Baird televisor-2.jpg 映像です。

ベアードのテレバイザーの復刻品が展示されていました。走査線30本です。ベアードも1930年代半ばには電子式に移行します。

英国は1936年に世界初の高解像度TVの商業放送を開始しています。走査線405本,毎秒25フレームと言う規格で,戦後,欧州は625本の規格で統一されるのですが,405本の放送は1985年まで続きました。
 
iruchanはこれは知っていたのですけど,そもそもどのチャンネルでやっていたのか,と思って聞いたら,BBC 1のみだそうです。なぁんだ。

残念ながら,英国の戦前のTV放送は1939年9月1日のドイツ軍のポーランド侵攻と同時に中断してしまいます。
 
そのため,戦前のTVセットは非常に希少で,オークションなどでも高値で取引されるくらいで,とても貴重ですが,ここで見ることができました。
 
実を言うと,ドイツが1935年3月に米Farnsworthのイメージディセクタを用いて,TV放送を開始しているのですが,走査線180本と低解像度で,また,TV受像機は市販されず,街頭に設置したTVでナチスのプロパガンダをするためのもので,商業TV放送ではなかったため,世界初のTV放送は英国とされています。

Murphy A56V 9in. (1938).jpg Murphy A56V(1938)

Marconi 703(1937), HMV 900(1936).jpg 戦前のTVセットコレクション

   Marconi 703(1937), HMV 900(1936)

TVは日米ともに同じですが,アマチュアが自作しました。ここでも,TRFの自作TVが展示されていました。日本でもNHKだけの頃,TRFのTVを作った人がいますね。

amateur made TV with TRF circuit, Green CRT.jpg TRFのTVセット

アマチュアが戦後,米軍放出品を使って作ったそうです。CRTはグリーンです。

PYE 18T(1948), BV51(1950).jpg PYEの戦後モデル。

PYE 18T(1948)とBV51(1950)。欧州のTVはデザインが美しいですね。

BushやRobertsなどの英国ブランドのラジオのほか,Philipsがやはり強いんですね~。美しいヨーロッパ風のラジオがたくさん並んでいます。

BVWTM-1.jpg 英国製ラジオ

Philips radios.jpg やっぱ,Philipsは強かった。

日本では真空管ラジオはいつまで作られていたのか,と質問があったので,1964年と答えておきました。いろいろ調べても,大体,この年には製造中止になっている,と思います。真空管ラジオは昭和30年代で終了,と考えています。理由も聞かれましたが,おそらく,日本では東芝や,松下,日立などの大メーカーが作っていたので,各社一斉に中止したのだと思います。

中小のポータブルラジオのメーカは存続していましたが,国内ではポータブルのトランジスタラジオが急速に普及し,販売先を輸出に切り替えて,米国に大量に輸出したのはご存じの通りです。だから,今でも米国で日本製の真空管ポータブルのラジオがコレクションとして取引されています。

ちなみに,英国最後の真空管ラジオは1967年製だそうです。ダイヤルにBBC 4と書いてあるので,そのように判断できる,とのことでした。

BVWTM-2.jpg 最後の5球スーパー(印)

残念ながら,英国でもAMラジオは衰退していて,時期は明確ではないが,廃止の方向,とのこと。

実際,今回,ソニーのICF-SW1を持っていったのですが,AMはBBC-4と5のほかはニュース専門局と民族系の移民向けラジオ局が聴けるだけでした。

ロンドンのラジオ周波数はこちらで確認できます。

逆に,デジタルラジオはダメで,FMと並行してDABで放送されていますが,受信しにくいらしく,あまりよく聞こえず,アナログの方がよい,とのことでした。

う~~ん,いまだにiruchanはデジタルラジオは聴いたことがないので,どんなものか聴いてみたいですけど,DABの受信機をわざわざ現地で買うしかないですしね.....。米国のIBOCも,非常に音がよいらしいですけど。

West Dulwich St.png West Dulwich駅

ロンドンの近郊で,ヴィクトリア駅から3駅ですが,日中は無人駅のようです。この辺,驚きますね。oysterカードのリーダが置いてあるだけでした。その割にカフェは営業していて,驚きますが,これはありがたいです。

この辺りはSouthern Railwayが戦前,第3軌条で電化したところなので,鉄道には架線がありません。▲の鉄橋は鉄道線路なのですが,架線がないので,貨物線みたいで変な感じですね......。

この日はバービカンセンターでBBC交響楽団の演奏会を聴きに行きました。庄司沙也香さんのソロで細川俊夫氏のヴァイオリン協奏曲の英国初演を聞きましたが,さっぱりわかりませんでした......[雨]

残念ながら,iruchanは現代音楽は苦手です......。

ただ,その後のKahchun Wong指揮BBC響のショスタコーヴィチの交響曲第5番は超名演でした[晴れ]

☆BBC Crystal Palace送信所

Crystal Palace送信所.jpg 大きな鉄塔。

先ほどの地図▲に,BBCの送信所があります。British Vintage Wireless & Television Museumから,距離は2kmほどです。

最初,歩いて行こうか,と思っていたのですが,先ほどの博物館で遅くなり,BBC響のコンサートがあったので,最終日にヒースローへ行くまでの間に訪れました。

でも,これは正解だったようです。最初の計画は歩いて行く予定だったのですが,とんでもなく,送信所は丘の上にあって,バスで行かないとものすごくしんどいところでした。残念ながら,googleマップでは,高低差がわかりにくく,こんなところにある,とは思いませんでした。

Crystal Palaceとは,1851年,世界で初めて開催されたロンドン万博に際して建設された壮麗な建物で,当初はハイドパークに建設されましたが,終了後,ここに移設されたものです。

残念ながら,1936年11月に焼失しています。日本では "水晶宮" としてよく知られています。万博は日本からは岩倉具視らの遣欧使節団が視察していますし,また,日本の品々も駐日公使のオールコックが展示していたことは知られていますね。

また,ここはベアードのTV送信設備がありましたが焼失しています。

焼失後,建物自体は再建されていないのですが,もともとスポーツ大会が開催される公園に建設されたため,今もサッカーのCrystal Palace F.C.があります。

Crystal Palaceと検索したら,サッカーのことばかり出てくるので困るんですけど......[台風]

ここに,BBCが送信所を建設したのが1956年で,このとき,Alexandra Palace▼にあったTV放送設備を移転しています。高さ219mの鉄塔で,当時,ロンドン一高い鉄塔だったことは言うまでもありません。

実を言うと,戦前,ここからTV放送することも検討されたのですが,Alexandra Palaceの方が標高が高く,交通の便もよいことから,Alexandra Palaceに決定したようです。

当初,走査線405本のBBC 1のほか,民放のITVもここから送信されました。現在では,BBC 1, 2のほか,ITV1なども送信しているようですし,FMも,BBC Radio1~4のほか,民放2局が利用しています。AMは720kHzのBBC Radio 4のほか,民族系2局が利用しているようです。そのほか,デジタルラジオ(DAB)の送信も行われているようです。

と言う次第で,中波~極超短波まで,ありとあらゆる電波が飛んでいる場所のようです。

日本でもTV,FMのほか,中波も送信している送信所,と言うと北陸放送MROや山梨放送YBSの送信所がそうですが,そんなに多くはなく,普通はTV,FMが兼用していることはあっても,中波まで兼用している場合は多くないのですが,ここは高さが219mと,ほぼ中波帯の1/2λであることから送信所として利用されているようです。

Brixtonの駅から,3系統 Crystal Palace行きのバスに乗り,Crystal Palace Parade/College Roadで降りると,塔の根元です......[晴れ]
 
残念ながら,やはり時差ボケで午前2時くらいに目が覚めちゃって,時間がもったいないので早朝に出かけましたが,緯度が高いこともあり,2月のロンドンは8時を過ぎないと明るく[晴れ]ならないので,きれいな写真は撮れませんでした......[雨]
 
それにしても大きな鉄塔にビックリ。やはりTV用に建設された鉄塔は違います。
 

BBC Crystal Palace.jpg 頂部。

BBC Crystal Palace4.jpg 中間部。

STLのパラボラと,左に中波のリード線が見えます。給電部が見えますね。リード線が2本あるのは,BBC Radio 4のほか,民放2局があるため,と思います。

まぁ,しかし,それにしてもアンテナだらけ.......[台風]

一体,どれが何のアンテナなのか,さっぱりわかりません.......[台風]

BBC Crystal Palace5.jpg 基部

残念ながら,給電点までの整合箱がどこかにあるはずですが,このレンガ小屋かどうかはわかりません。塔自体は接地されているので,ダウンリード式で,ダイポールアンテナになっているようです。木が邪魔なので,リード線はずいぶん長く絶縁されているようです。

帰りは丘を下ってSydenham Hillの駅から電車に乗って帰りました。

West Dulwichの駅もそうでしたが,ここも不定期に駅員さんがいるくらいで,普段は無人のようです。Crystal Palaceは丘の上に立っている関係上,切り通しの狭いところにホームがあり,すぐにトンネルです。上下線とも,ホームに行くには細い通路を歩いて,谷底に向かって歩くような感じです......。

これじゃ,まるで秘境駅の小幌駅みたい.....[雨]

Sydenham Hill St.jpg Sydenham Hill駅下り方

Sydenham Hill St.-1.jpg 上り方面

Southern Railwayは第3軌条で電化したので,架線はありません。一見,非電化なので,ますます小幌駅......。

☆BBCラジオの歴史

ここでちょっと英国のラジオ放送の歴史を書いておきます。

公式な放送開始は1922年11月14日で,ロンドン中心部Waterloo橋近くのStrandにある,Marconi社のMarconi Houseから,コールサインは2LOです。

今ものこの建物は残っていますが,高級マンションになっているようです。ミュージカル "FROZEN[雪]" をやっている,Theatre Royal Drury Laneのすぐ近くだったので,見に行けばよかった......[雨]

ちなみに,もちろん,同社はイタリアのグリエルモ・マルコーニ(Guglielmo Giovanni Maria Marconi 1874~1937)が設立した会社ですが,なぜ英国企業なのか,というと,やはり大英帝国の企業でないと世界的規模まで成長できない,と考えたためのようです。同様に,ロイター通信もドイツ人の創業者ロイター(Paul Julius Baron von Reuter1816~1899)が英国に移住したのも同じ理由のようです。iruchanはReuterと書くので,イギリス人じゃないな,と思っていました.....。

残念ながら,マルコーニ社は戦前は世界を支配する勢いでしたが,戦後は衰退し,1987年にGECと合併しますが,同社も解散し,その後,2006年にスウェーデンのEricssonが買収し,今もブランドを所持していますが,会社の実体としてはなくなりました。

コールサインのLOはもちろん,Londonを意味していますが,最初の数字がよくわかりません。2,5,6とあるようで,アマチュア無線のコールサインと区別しているようですが,よくわかりません。ちなみに3LOはメルボルンです。

公式な,と言うのはそれまでに同社の2MTと言う試験局がロンドンの北東,45kmほどのところにある,Writtleという町で放送を初めていたからで,2月に放送を開始しています。また,同社は5月11日には2LOとして先ほどの建物から放送開始しています。

とはいえ,どちらも火曜日の夜,8時から30分だけの放送だったようです。

その後,両局の設備をMarconi Houseに移転し,毎日1時間の間,10分ごとに,両局が825kHz,出力100Wで放送を開始します。

実を言うと,周波数がよくわからないのですが.....。

ネット上には832kHzや857kHzという記述もあり,どれが正しいのか,さっぱりわかりません。

ただ,"The Saga of Marconi Osram Valve"(Vyse, Jessop 2000)にBBCのネットワーク局の周波数一覧が出ていて,当時の資料のコピーのようですので,これが一番正確か,と思いましたが,それを見ると825kHzのようです。

1922年10月18日に統合した組織,British Broadcasting Companyが発足します。BBCの始まりです。そして,翌月に正式な放送を開始します。

ちなみに,日本のラジオ放送開始は1925(大正14)年3月22日です。また,世界初は米ピッツバーグのKDKA局なのはよく知られていますね。1920年11月2日のことでした。このKDKAが英国でも聴けて,早く放送を,という声が上がっていて2MTなどの試験が開始された,とのことです。

放送開始に際して,BBCは新たに1.5kWの送信機を開発しました。翌年には,スタジオはすぐ近くのSavoy Hillに移転します。

1925年には,オックスフォードストリートに今もある,セルフリッジ百貨店に移転します。この辺りはよく知られているところで,iruchanもここからは知っていました。

ロンドンの百貨店と言えば,ナイツブリッジのHarrodsが有名ですけど,王室御用達,ということもあってか,高級百貨店というイメージで,一方,Selfridgeは庶民的,と言うイメージがあったのですが,どちらも最近,大きく変わってしまい,今ではどちらも高級ブランド店だけの集合店舗に変わってしまっています。Harrodsなんて,地下の食品売り場や,ほかにも洋服売り場など,結構,意外に庶民的な買い物もできたし,お土産を買うこともできたのですけどね.....[雨]

世界的にネット通販に押され,百貨店ビジネスが曲がり角を迎えていますけど,こういう生き残り策もあるのか,と思います。

1927年には正式に勅許(Royal Charter)を得て,British Broadcasting Corporationが発足し,1929年10月には送信所もロンドンの北,25kmほどのところにある,Brookmans Parkに移転し,842kHz,50kWで送信開始し,現在も送信しています。2LOはこのあと,閉局します。

ここ,ちょっと行ってみたいのですけどね......残念ながら,今度行ったときはAMは廃止されているでしょう。

ただ,驚いたことに,2LOの1.5kWの送信機がScience Museumで展示されているので,見に行きました。20年ぶりにこの博物館へ行った理由のひとつです。

2LO transmitter-4.jpg すげ~~~っ!

2LO transmitter-2.jpg 終段
 
出力管はM.O. ValveのMT7Bで,プレート損失500W,Vf=15V/If=10Aの規格です。
 
2LO transmitter-6.jpg 発振管と陽極電圧計
 
発振管は同じくM.O.ValveのMT2で,プレート損失300W,Vf=17V/If=15Aの規格です。残念ながら,水晶発振じゃなく,普通のLC発振回路ですから,周波数は不安定だったでしょう。
 
木箱に入ったメータがありますが,F.S. 5000Vになっていましたので,3000Vくらいは陽極にかけていたのかも,と思います。回路図はこちらに出ています。

2LO transmitter-3.jpg電源部

整流管はM.O. ValveのMR6で,アノード電圧15kV,Vf=15.5V/If=10Aの規格です。

整流管が4本ありますがパラになっていてセンタータップ整流しています。

それにしても日本で言えば,愛宕山にあった送信機が展示されているようなもの......と思いますけど,よく残っているな~,と感心します。さすが英国,と思いましたが,意外にもやはり送信機は取り壊されていて,1954年にBrookmans Parkの送信所の倉庫でジャンクを見つけ,復元されたもののようです。

2002年にBBCから,Science Museumに寄付されたようです。

確か,各真空管に灯が入った状態のカラー写真を見た記憶があるので,ヒータくらいは電源が入る状態ではないか,と思うんですけどね.....。

じっと見入ってしまいました.....[晴れ]

☆Alexandra Palace送信所

さて,引き続いて,TVの歴史にも触れたいと思います。

Alexandra Palace.jpg Alexandra Palace

もとはロンドン万博後の解体資材で作られた展示場兼宮殿で,当時の皇太子(後のエドワード7世)のアレクサンドラ妃から命名されています。

英国では,John Logie Baird(1888~1946)が1925年にはニプコー円板と光電管を用いて最初のTV放送を実現しています。送信所は▲と同じ,やはりSelfridgeのデパートから,でした。

しかし,わずか走査線30本ではとてもTVとは言えませんよね。そこで,各国では高解像度の電子式TVの開発が進められる,というわけです。

英国では,1935年,Marconi-EMI Tlevisionが開発した,emitron撮像管が開発され,BBCがロンドンの北,10kmほどのところにある,ここアレクサンドラパレスに送信鉄塔を設置し,実験を開始します。emitronは米RCAのZworykinが発明した,アイコノスコープ(iconoscope)と原理的に同じものです。

同社は1934年5月,Marconi Wireless and Telegraph(MWT)と,Electric and Musical Idustires(EMI)が折半出資してできた会社で,親会社を通じて,米RCA,GEの特許を自由に使えました。ということはiconoscopeも自由に使えたわけですね......。

もちろん,Bairdも手をこまねいていたわけではなく,米国のFarnsworhから,イメージディセクタ(image dissector)を導入し,電子式TVを開発していました。

ただ,イメージディセクタは蓄積型ではないのが災いし,感度が低く,最初期の撮像管のひとつですが,実用化は無理だったようですし,実際,Bairdもこの実験で使用することはできなかったようです。

蓄積型とは,電子ビームで1フレームスキャンする間にモザイクと呼ばれる微少なコンデンサに電荷を蓄積するものですが,イメージディセクタは映像をスキャンし,光電子を電圧に変換する部分が1個しかないので,非蓄積型となります。

Bairdらは,フィルム中間方式と言って,一度,映像をフィルムに感光させ,機械式の走査機で分解し,それを光電管で電気信号に変換する,という半電子式です。スタジオ放送用としては,飛点走査方式と訳されていますが,flying spotといって,真っ暗なスタジオに走査円板で作ったスポット光をスキャンする形で被写体を走査し,それを光電管で受ける,というやり方です。

Bairdのシステムの走査線は240本です。

EMIは純電子式で,走査線は405本,現在と同様のTVカメラを開発し,移動式カメラまで用意していましたから,最初から,勝負は明らかだったと思います。

BBCはAlexandra Palaceの東側の1棟を借り,スタジオAにはEMIが,スタジオBにBairdが入って放送実験を行いました。

1936年11月2日から,両社のシステムの実証試験放送が開始されますが,2ヶ月後,Bairdのシステムは放棄され,Marconi-EMI方式に一本化されます。Bairdのほうも,自社規格が採用されなくても,受像機の販売で儲ければいい,と言う考えだったようです。実際,戦後のTV放送再開後も高級ブランドとしてTVセットが売られています。

というわけですが,この送信所は▲にも書きましたとおり,Cystal Palaceに移転するまで使用され,鉄塔も残っています。ロンドンのKing's Cross駅から,電車に乗ると丘の上に建っているのが見えますし,一度,Alexandra Palaceに行ってみよう,と思っていました。

Alexandra Palace St.jpg Alexandra Palace駅

ここはoysterカードが使えます。駅を出て,この写真の右にある通路で再び鉄道を越えて反対側に出て,2車線の道路を歩くとAlexandra Palaceが見えてきます。

それにしても,West Dulwichもこの駅も,昔のままの美しい駅舎ですね。駅って街の顔なので,古いものを残してほしいものです。20年ごとくらいに建て替えちゃう,どこかの国と違います。

Alexandra Palace-2.jpg スタジオ部分

Alexandra Palace-3.jpg 見学できるような感じですが......。

見学する際は,東側の入口から,と書いてあるのですが,受付のおばさんに聞いたら,見学できない,と言われました。まあ,事前に調べておいたのですが,見学できる風ではなかったので,しかたないです。

Alexandra Palace-4.jpg TV放送開始を記念する銘板

Alexandra Palace-5.jpg 相変わらず,何のアンテナだかわからない鉄塔。

戦前の写真を見ると,一番上の毛虫のような感じの部分はなく,おそらく,戦後のTV放送用でしょう。

戦前は,その下に遊園地の回転飛行機みたいな腕が6本出ていて,それが4組あって,アンテナを構成し,映像用が上で,音声用が下だったらしいです。

それにしても,TV以外のアンテナがにょきにょきついていて,なにがなんだか,さっぱりわかりません.....[雨]

Alexandra Palace-7.jpg 全体を見てもよくわかりません.....[雨]

Alexandra Palace-6.jpg Alexandra Palaceから

南側にロンドンの街が一望でき,素晴らしい景色が見られます。TVの送信には最適の場所でしょう。大阪の生駒山に送信所が並んでいるのと同じ理由ですね。

ここから1937年5月12日,ジョージ6世(エリザベス2世女王の父君)の戴冠式がTV放送されることになります。BBCの実験も,この戴冠式が目標でした。

しかし,時代は戦争に向かっていくことになります。

ジョージ6世は徹底抗戦を唱えるチャーチルを支援し,空襲下でもロンドンを離れず,国民を勇気づけ,最後に勝利を迎えます。今も英国民が尊敬する国王です。


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イギリス旅行記~その2:自然史博物館,科学博物館とストーンヘンジ~ [紀行]

2024年2月17日の日記

2月6日未明発の深夜便JAL 41便でロンドンへ行ってきました。

ところが.......[雷]

なんと久しぶりに南岸低気圧で大雪[雪]

そういえば,2.26事件も大雪の日だったし,iruchanもずっと昔,ワシントンへ仕事で出かけたとき,成田で一晩明かしたのを覚えています。空港は大混雑で,床にみんな寝ているし,カウンターは大行列でした......[雨]

調べてみると,2006年1月21日のことだったようです。成田の積雪は13cmでした。

この日のことが頭をよぎったのですが,まあ,飛行機はかなりの大雪でも飛ばないと仕事にならないし,iruchanも大雪の青森空港や新千歳の記憶がありますけど,ちゃんと飛んでいました。ただ,2日連続で紋別空港が閉鎖されて渡道できなかった経験もありますけど.....。

問題は中央線.......[雪]

真っ先に止まりそう......と踏んだので,南武線~京急と乗り継いで羽田に無事に着きました。

飛行機は順調に飛んでいるようですし,欠航の表示もわずか2便だけのようです。

安心してゲートで本でも読んで休憩していたのですけれど......。

21:00くらいまで順調に飛んでいたのに,ここでストップ。

なんと,雷警報が出たらしく,地上の作業が止まっているようです。

これは仕方ありませんね。前線の通過前後に積乱雲のせいで雷が出ているようです。

おかげでフライトは2時間遅れ。

でも,なんとか飛んでくれてよかったです。旅程が1日,減るところでした。

飛行機は787。国内では何度も乗っていますが,国際線は2回目です。

787機内.jpg なんで緑色

深夜便なので,すぐに寝ちゃったのですが,起きてみたら室内はグリーン。

もしかしてオーロラ?

って思っちゃったのですけど.......。

単に液晶のブラインドに陽が当たると緑に見えるだけ,のようです。

ただ,それにしてもこのとき,気がついたのは787って,とても静かなのですね。

飛行機って,ゴォーッとエンジンと機体周りの空気の渦の音がずっとしますけど,787は非常に静かです。新幹線より静かなんじゃ,ないでしょうか。

ヒースローには2時間遅れの8:30に到着。どうもありがとうございました。

あとは簡単,いつものピカデリー線でまずはホテルへ行って,荷物を預けたい,と思います。

ホテルはHammersmithにしました。高級住宅街のKensingtonに近く,治安も比較的よいところ,と思います。何より交通結節点で,ピカデリー線のほか,ディストリクト線もあるので,市内観光にもちょっと距離がありますが,便利だと思います。なにより,中心部のホテルはめっちゃ高いので.....。

さて,ホテルに荷物を預けたら.......そのディストリクト線に乗って,まずはSouth Kensingtonへ。

ここで,博物館を2つ,回りたいと思います。

☆Natural History Museum

NHM'.jpg

自然史博物館,と訳されています。恐竜の化石の展示が有名ですが,地学,天文学などの発見を展示しています。

iruchanのお目当ては始祖鳥の化石です.....。

一度,2017年に上野の科学博物館に来たので,子供と見に行きましたけど,本当の展示場所で展示されている状態を見たい,と思いました。

1860年,ドイツ南部のSolnhofenで発見されたのが最初で,時代によって違うのですけど,iruchanが中坊だったときは見つかった化石は世界で3個という記憶があります。確か,今では10個くらいはあるはずですし,中国でも見つかった,と新聞に出たのを覚えていますが,その後,どうなったか不明です。

ロンドンのは1861年,やはりドイツ南部のLangenaltheimで発見された化石で,ロンドン標本と呼ばれます。

archaeopteryx-1.jpg archaeopteryx

始祖鳥の化石です。左がロンドン標本と呼ばれるものです。

でも,なんで2つあるの? って思ったのですけど,単に化石の表と裏ですね.....[雨]

おまけに,▼のドードーのとなりにも1個,展示されていて,3つあるのか,と思ったのですが,こちらは説明で複製であることが書かれていました。

Dodo'.jpg Dodo

ドードーは人気者。みんなこの前で記念撮影していました。"go the way of the dodo" は絶滅する,廃れるという英語のイディオムにもなっています。

ほかにも海竜のものすごい化石群に圧倒されます。

Rhomaleosaurus.jpg Rhomaleosaurus

前期ジュラ紀の地層から発見されたロマレオサウルス。

stegosaurus.jpg Stegosaurus

恐竜好きの人はぜひ行くとよいと思います。iruchanは小坊のころは恐竜マニアでしたけど,そのうち電気の方に興味が移っちゃいました......。

☆Science Museum

Science museum.jpg

 科学博物館ですが,▲の自然史博物館の北隣にあります。

こちらは産業革命以後の工学の発達を記録,保存している博物館で,社会人になったばかりの頃,訪問しました。あれから20年以上経ちますが,久しぶりに訪れてみました。

お目当てはニューコメンの蒸気機関とBBCのラジオの送信機の展示です。後者は最近,移転したもので,今回,初めてです。

ニューコメンとワットの縦型蒸気機関は入ったところに展示してあります。そのほか,トレビシックの高圧蒸気機関やパーソンスの蒸気タービン,英国製のルノワールの内燃ガス機関も展示されていて,初期のエンジンに興味がある人はたまらないところです。

Newcomen steam engine.jpg ニューコメンの蒸気機関

Newcomen's atomospheric engineと書いてあることが多いです。ピストンの背圧は大気圧のため,どうしても大型になります。

ピストン内の蒸気を凝縮させる水のバルブは人間が手動で開けていたのだ,と思いましたが,▲の蒸気機関は説明にあるアニメーションを見ると自動化されているようです。

展示されているのは1791年製のダービーシャーで使用されていた蒸気機関ですが,なんと1918年まで使用されていたそうです[雷]

どうも英国内には実際に可動するニューコメンのエンジンがあるようですが,一度,見に行きたい,と思います。

Watt's rotative steam engine.jpg Rotative steam engine

James WattとMathew Boultonの蒸気機関です。1797年完成で,1885年まで稼働していたようです。友人のMaudのところで鉱石や他の化学物質を砕くのに用いられたようです。

ワットとボールトンは1775年にバーミンガムで共同で会社を設立し,1895年まで活動していました。

Trevishick's high pressure engine.jpg Trevithick's high pressure engine

トレビシックが1801年に開発した高圧蒸気機関です。彼は非常に小型の蒸気機関を開発しました。従来のワットらの据置型,縦型蒸気機関から脱して,船舶や機関車など,交通機関への応用の道筋を作りました。

Burnley ironworks mill engine.jpg 

     Burnley Ironworks製の蒸気機関

すでにモータが実用化されていましたが,20世紀に入ってもなお,蒸気機関が主力として使われました。

1903年製の水平蒸気機関で,紡績工場の動力だったようです。

20tのフライホイールが圧巻。出力は700HPです。

じっと見ていたら,博物館のお兄さんに,"This moves on Thursday. Have a look!" と言われました。木曜日に,午前と午後,動くようです。

蒸気機関の次はタービンですよね。

火力発電の動力源は蒸気機関でしたが,20世紀に入るとタービン発電機が普及します。

Parsons Turbine.jpg Parsons radial-flow turbine

1891年にパーソンスが開発した,蒸気タービン発電機です。翌年,Cambridge Electric Supply社に納入され,30年間活躍したタービン発電機だそうです。

Parsons Turbine1.jpg タービン部。

こんなに小さいのか,って思っちゃいました......。でも,出力は75kWもあるようです。中途半端な数字だな~,と思ったら,出力100HPということなんでしょう。



Lenoir gas engine c 1865.jpg Lenoir gas engine

フランスのルノワールが発明した内燃機関です。彼は内燃機関の始祖とされますけど,当時,いろんな人がガス内燃機関を開発していて,ルノワールだけではありません。彼はそれなりにビジネスに成功したから有名になった,と言う訳です。フランスのオリジナルはパリで見ましたし,ライセンス生産で英国製があると聞いていましたが,実物はこれです。ロンドン西部のReading Iron Works製のようです。

う~~ん,なんかこうやって比較してみると,随分とイギリスとフランス製じゃ,違うんですね.....[雨]

内燃機関と言っても,まだ蒸気機関の呪縛から逃げられていなくて,ピストン両側に点火栓がついていますし,吸い込んだガスの圧縮をしない,非圧縮機関なので,効率も出力も小さいです。出力は0.5HPです。

燃料はガスと言っても気化ガソリンではなく,石炭を高温で乾留した際に発生する石炭ガスです。1792年にマードックが発明しました。この頃にはガス灯のネットワークもできていて,ガスが容易に手に入る頃になっていたので,中小の工場などで,このエンジンはよく利用されたのでしょう

あと,Science Museumは無線関係の展示も2Fにあるのですが,またそれはあとで....。

       ☆          ☆          ☆

ただ,この日はもうフラフラ。前夜からの深夜便でしたし,さすがに着いた直後から観光しているとしんどいです。

ホテル帰って,いつもよく買っているwasabiという寿司チェーンの寿司でご飯にしました。時差ボケで食欲もありませんしね。wasabiのお寿司はとても美味しいです。

☆ストーンヘンジ

Stonehenge.jpg とうとう来ました![晴れ]

フランスのモン・サン・ミッシェル同様,一度,見に行ってみたいと思っていました。

ところが,学生時分,行こうとしたら,まだインターネットもない時代,そもそもどうやって行くのかって,"地球の歩き方" くらいしか情報源がありませんでしたよね......。[雨]

おまけに,とりあえず,ソールズベリまでは鉄道で,あとはバス,と言うことくらいしかわかりません。

なんとか,電車(実際には気動車ですけどね)の時刻くらいはトーマス・クックの時刻表 懐かし~ でわかりますが,地元のバスの時刻が何時なのか,1日に何本あるのか,なんてわかりません。

とするとロンドンからの日帰りができるかどうかわからないし,泊まりになるとホテルも予約しなくちゃいけない,って訳で,結局あきらめました。

今はいい時代ですね。現地のバスの乗り継ぎも含めて,googleさんが懇切丁寧に教えてくれますから.....[晴れ]

ただ,さすがにgoogleさんも電車の料金までは教えてくれないので,とりあえず,鉄道会社がわかったので調べてみると.....

とんでもない料金が出てきます。

Southern Western Railway fare '24.2.15 return.png えぇ~~っ[雷]

ロンドンのヴィクトリア駅~ソールズベリーまでは距離は直線で120kmほどですが,料金は片道£48.50などと出ます[台風]

びっくりで,東京からなら沼津くらいの距離ですが,JRだと2,310円なのに対し,9,000円を超える金額です。

いくら,今は円安だからって,iruchanが前回行ったときは£1=¥140ほどでしたけど,円のレートが当時と一緒でもJRの料金の3倍近いという料金です。

昔はこんなことなかったのに.....,って思いました。

30年ほど前,ヨークの鉄道博物館へ行ったとき,東京~豊橋くらいの距離なのに,日本の半額って,思った記憶があります。それに,英国だとインターシティと呼ばれる225km/hの特急が走っているのに,欧州は特急料金がありませんから,随分安いな,と思った記憶があります。

一体どうして......と思いましたが,例の英国鉄BRの民営化以後,おかしくなってしまったようです。

各路線やサービスを,バラバラの会社に分割した結果,収益優先で各社が料金を定めた結果,のようです。

これでインフラは国が負担しているので,料金は安くできるはずですが,独立採算を考えるとこんな料金になるようです。

そりゃ,そうですよね。鉄道って,黒字路線の収益で,赤字路線の維持を図る,と言う構造的問題があるので,線区ごとに独立採算にしちゃうと,儲からないところの路線はどんどん高くなる訳です。

沼津まで快速で往復したら単純に片道の2倍と考えると,2万円近くする,ということですね.......。

まあ,時間帯別で料金が異なりますし,英国では,長年の慣習として,往復でもほとんど片道と同じ料金くらい,と言うことが多いので,ソールズベリーまでreturn切符を買って往復しても1万円ほどのようですが,それでも日本の倍近い値段です。

おまけに,飛行機みたいに早めに予約すると安いんですけど,▲のWEBで買おうとすると,住所,氏名を入力してアカウントを作らされた上,挙げ句の果て,最後に "英国内居住者でないと発売できません" と出ます[台風]

ちゃんと,countryという欄があって,Japanと入力できるんですけどね......[台風]

今回,▼の観光バスも含め,各博物館やコンサートを日本で予約したりしましたけど,なにも問題ありませんでした。

と言う次第ですけど,旅行者は鉄道利用の場合,当日券を買うしかなさそうです。

また,ソールズベリー~ストーンヘンジ間は各社のバスが出ていますが,大体,£20くらいです。

と言う次第で,鉄道で行くと,トータルで£90くらいはしそうであきらめ,ロンドンから直接,日帰りのバスツアーがあるはず,と思って探したら,ありました。

Golden Toursと言う会社のSimply Stonhengeと言うツアーが£64でした。

ほかにもいくつかバスツアーがあるのですが,冬場は午後便しかないとか,そういうところが多かったのでここにしました。

ロンドン・ヴィクトリア駅のバス停No.8からバスが8:30から出ます。帰りは14:30頃,と言う弾丸ツアーですけど,帰ってきてからまた別のところに行けるし,便利だと思います。実際,この日はツアーから帰ってきて,ナショナル・ギャラリーへ行って時間が有効活用できました[晴れ]

ただ,現地滞在時間が2時間ほどなので,これが十分かどうか......iruchan的にはもう1時間あれば,と思いました。

現地のビジターセンターで昼食を食べられますが,2時間では結構厳しいです。

ま,それにしても長年憧れていた,ストーンヘンジへ,1万円ほどで行ける,と言うのは魅力的です。

イタリア系の運転手さんの陽気で楽しいガイドもとてもよかったです。

ビジターセンターはストーンヘンジから2kmほど離れたところにあり,そこから無料バスでストーンヘンジへ行きます。ロンドンからのツアーバスはビジターセンターの駐車場までです。

sheep.jpg 羊です。メェ~~~っ!

周囲はのどかな田園風景。土産物屋がずらりと並んでしまう,どこかの国とは違います。羊が寒い中,寝たり,草を食んだりしていました。かなり寒いんですけどね~。羊たちは大丈夫なようです。

ストーンヘンジの周辺は遺跡や,墓地が広がっているため,限られた道路以外は歩くことも,ビルを建てることもできないし,もちろん,そういう理由とは別に,野放図な開発を制限して観光地とはせず,ありのままの姿を保存しよう,としているところはさすがです。

明治時代の鉄道の貴重な遺跡が出てきたからと言っても,その上に巨大ビルをぶっ建てて一私企業が金儲けしようという国とは民度が違いますね.....。むしろ,その遺跡を保存して,海外からたくさんの観光客に来てもらった方が国全体としては儲かる,と言う発想すら全くないようです。


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イギリス旅行記~その1:この子とコロッサスに会いに.....~ [紀行]

2024年2月14日の日記

やっと会えました.......[晴れ]

The execution of Lady Gane Grey.jpg "The Execution of Lady Jane Grey" (1833)

フランスのドラローシュ(Paul Delaroche 1797~1856)が描いた,"レディ・ジェーン・グレイの処刑" です。

この絵,"怖い絵" の代表とされますね。日本にも,2017年に来ています。

残念ながら,この絵は前回,ロンドンへ行ったときにナショナル・ギャラリーへ行ったら,いなくて,一体,どこに行ったのか,と思ってインフォメーションの女性に聞いたら,アメリカに行っている,とのと。ガ~~~ン[雨]

と言うこともあったんですけど,ようやく会えました。

まずは所在確認,ということで到着すぐにインフォメーションで聞いてみるとroom 45にある,とのこと。"Straight down and right room."(入ってすぐ右ですよ)とのこと。

なあんだ,入ってすぐそばじゃん,と言う次第でした.....。

行ってみてビックリ。なんとものすごく大きな絵でした。3×2.5mもあるそうです。

美術館って,こういうところもいいですよね.....。教科書なんかで見ているとさすがにサイズまではわかりませんから。大好きなルオーやモローの絵も,実際は逆に,非常に小さかったりしてビックリ,なんですよね。

1553年,悪名高いヘンリー8世の跡目争いに巻き込まれ,イングランド初の女王として即位するものの,長女のメアリが勝ち,わずか9日で退位させられ,のちに反逆者としてロンドン塔で刑場の露として消えてしまいます。わずか16歳という薄命でした。英王室は今も彼女が女王だったとは認めず,称号もQueenではなく,単にLadyとされています。

即位したメアリ1世はカトリックだったため,親父に似て残酷で,一転して新教徒を弾圧し,ブラディメリーのカクテルにもなっていますね.....[台風]

ジェーンは聡明で教養のある女性だったらしく,彼女がそのまま女王となっていれば,その後の歴史は変わっていたでしょう。実際,メアリの次のエリザベス1世がイングランド国教会を設立し,その後,最終的にはイギリスは新教徒の国になるわけですから.....。

それにしても,わざわざ見に行ったのにはぐらかされ,ようやく見ることができたので感慨無量でした[晴れ]

ほんとうによかったです。

やはり人だかりができていて,皆さん,写真を撮っていますけど,海外の美術館だと普通は行列,なんてこともなく,ルーブル美術館同様,ゆっくり見ることができました。

iruchanは閉館近く,ベンチに座って30分ほど鑑賞できました。

しかし,あまりにも彼女に科せられた運命は過酷で,残酷だと思います。

実際,本当の処刑は黒い服と頭巾を被せられ,公衆の面前でおそらくは罵声を浴び,憎しみと好奇の視線を浴びての公開処刑だったようですから,もっと現実は悲惨だったと思います。

それをデラローシュは哀れむとともに,彼女の潔白を証明し,メアリ一派に対する批判を絵にして後世に伝えようと画家は考えたのでしょう。フランスはカトリックの国だし,デラローシュもカトリックだったのではないか,と思いますが,メアリを批判し,公正な立場で物事をとらえる人物だったのでは,と思います。

ただ,それにしても宗教で対立して殺し合う......なんて,われわれ日本人には理解しがたいですよね。

カトリックとプロテスタントはもちろん,イスラムやユダヤ教徒など,互いに殺し合うまで宗教で対立する,と言うのは理解できません。日本で,○○宗と××宗で,長年対立して殺し合いをした,と言う歴史がなくてよかったと思います。

絵の中の彼女は純白のドレスを着て,肌の白さも際立ち,彼女の美しさと気品が感じられます。

教誨師らしき主教はそっと寄り添い,断頭台の前でキリストに魂の救済の祈りをしているのでしょうし,侍女2人はもはや放心状態で,処刑吏もまた,気の進まない仕事を押しつけられ,困惑している,と言う感じです。

もうひとつ,ちょっと思ったのですけど,iruchanがルーブルで見た,やはり教科書にも出てくる,ダヴィッドが1805年に描いた,”ナポレオンの戴冠” と同じくらい大作ですし,画家はひょっとして,この絵のことが頭にあったのではないか......なんて思っちゃいました。

Vermeer1.jpg Johannes Vermeer(1632~1675)

  大好きなフェルメールもあります[晴れ]

"ヴァージナルに立つ女","ヴァージナルに座る女" です。

     ☆          ☆          ☆

ようやく彼女に会うことができました。

National Gallery.jpg National Gallery

ナショナルギャラリーへは,Charing Cross駅が一番近いですが,路線はBakerloo, Northern線で,あまり乗らないところですから,Piccadilly線のPiccadilly Circusか,Circle線のEmbankmentから歩くとよいでしょう。iruchanはEmbankment駅から歩きました。正面の広場はトラファルガー広場で,ネルソン提督がにらみつけています......。

今回,ストーンヘンジと,戦時中,ナチスドイツの暗号,エニグマを解読していたブレッチリーパークへ行って,チューリングが作った世界初のデジタルコンピュータ "コロッサス" (Colossus)を見てきました。

5年半ぶりのイギリス訪問記を書こう,と思います。しばらくお付き合いください。


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ABCD型差動アンプ採用CR型イコライザアンプ(EQアンプ)の製作 [オーディオ]

2024年1月30日の日記

今日は久しぶりにオーディオネタです[晴れ][晴れ]

コロナ禍で,ずっとiruchanも引きこもって工作をしていました。そのため,いろいろ資料が必要になるのですが,たまたま近所の図書館が耐震補強工事に入ったんですけど,予約すれば本が借りられるので,何冊も借りて読んでいました。

その中にラジオ技術があり,在架しているのは直近の2年分だけなのですが,何冊か借りてきて興味のある記事をPDFにしました。

残念ながら,ラジオ技術は何年か前に定期購読のみとなり,1冊ずつ買うことはできなくなりました。

秋葉やamazonで1冊ずつ買える,と言うのを知ったのは随分後のことで,すっかり縁遠くなっていました。

コロナ禍のおかげ(?)で久しぶりにラジオ技術を読みました。

その中で,2022年2月号に,"橋本式ABCD回路採用MC用フォノ・イコライザの製作" (室井清氏)と言う記事が載っていました。

最初は,ふ~~ん,変わった回路だな.....って言うくらいにしか思っていなかったのですが......。

なんとイコライザはCR型だし,回路は非常にシンプルで,極めてS/N比が高く,音もよいそうなので,ちょっと調べてみることにしました。

iruchanはメタルキャンのOPアンプ,LME49720Hを使った,イコライザアンプを作って以来,CR型しか作らないと決めたので,ちょっとこの回路にも惹かれました。

もとの回路は,ラジオ技術'74.7月号の,"ABCD形アンプの設計と製作" で,橋本順次氏が発表したパワーアンプの回路です。

そういえば,この方はiruchanも記憶があり,昔,OPアンプの回路なんかで勉強させてもらった記憶があります。

ABCDというのは氏の命名で,AB級コンプリメンタリ差動アンプの略だそうで,まあ,AB級というのは普通としても,コンプリメンタリ差動アンプ(complementary differential amplifier),と言う変わった回路です。

普通,差動アンプはPNPなり,NPNなり,同じ素子を2つ,エミッタを接続して使用する回路ですが,ABCD回路は,PNPとNPNのコンプリメンタリ素子を使い,エミッタ共通で使う回路です。PNPとNPNの両方を使っているので,コレクタはそれぞれ-Vccと+Vccに別々につながっていて,-Vccか,+Vccのどちらか一方にだけつながっている通常の差動アンプとは異なります。


もちろん,差動アンプですので,双方の素子の特性が揃っている必要があるんですが,コンプリメンタリならば問題ない,という考え方です。

回路の動作については,1974年の同氏の記事に載っているのですが,2022年5月号に復刻記事が載っています。

また,入力は各素子のベースに個別に加えるのに対し,ベースを接続してそこに加えます。ベース電流もエミッタ電流もコンプリメンタリ素子なので,相殺して流れません。
 
コンプリメンタリ・ディファレンシャル回路1.png
   差動アンプ      コンプリメンタリ差動アンプ

同氏が発表したプリアンプもあるはずなのですが,そちらの記事は見たことがありません。

室井氏はその回路をリファインし,現代によみがえらせたものです。MJでも最近,同様の回路のMOS-FETのアンプの記事が出ていますね。

iruchanはもう,パワーアンプには興味がないのと,フォノEQアンプで,CR型,と言うので,作ってみようか,と思いました。

それに.......ちょっと悪魔のささやきがありました[台風]

音がよいのだったら,オールメタルキャンTrで作ってみてはどうか,という悪魔のささやきです.....[台風]

う~~ん,これはいいかもしれません。古いTrで,電電公社などの納入品でメタルキャンの通信用Trというのがまだ探せば手に入る状況ですしね。もちろん,2SA6062SC959といったTrも手持ちがありますしね[晴れ]

早速,LTspiceで検証してみます。

それに,ちょっとこのラ技の記事には疑問点がいくつかありますので......。

そもそも,ラ技の記事は初段がバイポーラTrで,2SA992/2SC1845になっています。

これでMC用,と言うのはちょっと疑問があります。また,そもそも,初段がバイポーラだとDCアンプにならないはずです。バイポーラTrは電流制御素子なので,必ずベース電流が流れます。そのため,接続する機器により,初段のベース電位が狂い,出力にDCが出ます。

また,MCカートリッジは直流磁化するのを避けるため,流せる直流に限界があります。

いくらくらいなら許容できるのか,と言うのが問題で,何Aなのか不明なので,調べてみました。

 "オーディオ用FETの活きた使い方" (誠文堂新光社1981年刊)を読むと,5nAと書いてあります。

これ,初段がバイポーラだとかなり厳しい数値です。FETだとpAオーダーなので,問題ないですけど,それでも,Vccが高いとゲート漏れ電流が流れるので,DCアンプでは,初段FETをカスコード接続して,VDを下げて使うことが多いのはよくご存じの通りです。

ABCD型差動アンプだと,PNPとNPNのTrを使うので,ベース電流が相殺され,0になる,と言うのですが,現実はそう甘くありません。

実際,DCアンプの初期の頃,金田氏が嫌う,上下対称回路にして,初段にPNPとNPNのデュアルTrを組み合わせ,ベース電流を打ち消して0にしたという回路も出ていましたが,やはり無理で,結局は初段にカップリングコンデンサを入れて,Direct ConnectアンプでDCアンプ,と言う記事も多くありました。

まあ,初段に使えるようなJ-FETはもちろん,デュアルのFETがほとんどなかったので,バイポーラで代用した,と言う時代ですね。

それと,CR型EQアンプの場合,f特がフラットなアンプを2台作り,間にCRのフィルタをかませる,と言う構造ですが,2段目のアンプの入力インピーダンスが重要で,初段がTrだと入力インピーダンスが低く,EQカーブがおかしくなりますし,使用するTrにより,定数が変わってしまうのも問題です。

そういう意味でも,やはり入力はFETでないとまずいですし,むしろ,CR型EQアンプは真空管アンプこそふさわしいんですよね。

と言う次第なんですが,iruchanは製作する前に必ずLTspiceでシミュレーションしてから製作することにしていますので,まずはシミュレーションしてみます。

それに,金田氏の記事によくありますけど,最近の雑誌の記事には必ずどこかにミスプリントがありますので......[雨]

下記のオリジナル回路でシミュレーションしてみました。

回路(ラ技 '22.2).pngラジオ技術 '22.2月号の回路

まずは過渡解析をして,初段のベースから流れ出る電流を見てみます。

初段ベース電流(ラ技 '22.2).png  初段ベース電流

やはり,初段はベース電流が流れ,107nAもあります。

使用するTrのhFEによっても変わるんですけど,いずれにせよ,5nA以下にすることは絶対無理,と思います。

これじゃ,MCカートリッジには使えません。

また,AC解析をしてf特を見てみると,低域のローリミットが高すぎ,60Hzくらいになります。

f特(ラ技 '22.2).png f特

       変なカーブですね......[雨]

これ,回路を見たときに気がつきましたが,DCサーボ回路の時定数が小さすぎ,動作周波数が高くなって,100Hzくらいまで効いているためで,そのため,60Hz付近にピークがあります。フィルタ用のコンデンサか,抵抗を大きくする必要があります。2μFでは小さすぎるな,と思っていました。

金田式の電流増幅プリアンプのSAOCの回路も時定数が足りず,▲みたいな特性になることがありますので,ご注意ください。

と言う次第で,回路をモディファイし,初段をJ-FETにし,DCサーボ回路の時定数を10倍にしてみます。

初段のJ-FETは本当は2SJ74/2SK170にしたかったのですが,入手難だし,あっても高いので,2SJ107/2SK366にします。|Yfs|が30mSもあるので,十分でしょう。なお,これらは2SJ104/2SK364の小パッケージ版で,チップは同じですので,こちらでもOKです。

それにしてもなんで同じチップでパッケージが違うのか.......[曇り]

回路(iruchan).pngiruchan版

ゲート電流はわずかに4pAでした[晴れ]

 初段ゲート電流(iruchan)1.png ゲート電流

FET入力OPアンプのLF356Hなどでも30pAですので,MCカートリッジも問題ありません。

次に,DCサーボ回路の抵抗を10MΩに修正してシミュレーションしてみます。別に,コンデンサの方を22μFにしてもいいんですけど,こうなると電解コンを使わないといけなくなりますので......[曇り]

f特(iruchan).png こんなカーブです。

これなら低域の周波数特性も十分です。

また,1kHzのゲインも60dBありますので,MCカートリッジ用としても適切です[晴れ]

            ☆          ☆          ☆

さて,部品集めです。

Trはすべてメタルキャンにすることにしたので,かき集めました。初段のFETは2SJ107/2SK366ですが,これは今でも入手可能です。

さすがにパワーアンプじゃないので,以前作ったスーパー・ストレートプリアンプみたいに2SA606/2SC959は電圧増幅段には使わず,最終の出力段のみにします。

Trは2段目にNECの2SA603/2SC1010,終段は日立の2SA565/2SC968を起用しました。フラットアンプは東芝の2SA1090/2SC2550とNECの2SA606/2SC959にしました。

別に全部一緒でもいいんですけどね.....。

どれもこれも音がよい,とされるエピタキシャルメサ型の構造をしています。それにどういうわけか,いずれも通信工業用で,NECは規格表にそのように書いてありますし,日立のはにHのマークがあり,通信用であることを示しています。

NECの2SA603の相棒は本当は2SC943なんですけど,入手できませんでした。また,東芝のメタルキャンはなかなか評判いいので,起用してみました。

日立の2SC968は金田式DCプリアンプの出力として,最初に起用されています。その後,音沙汰ないんですけど,金田式の定電流回路に2SC959の代わりに使うとよいらしいという話があるので起用しました。

相棒の2SA565は金田式のマイナス側レギュレータの定番で,2SA566と同じグループで,同じエピタキシャルプレーナー構造のため,音もよいはずです。2SA566は入手難で有名で,iruchanも20年ほど前,欧州で購入したものがあります。そのとき,コンプリの2SC680や,2SC968も一緒に買いました。

どういうわけか,2SA566のコンプリの2SC680はまったく使われたことがありません。2SA5652SC680も金田氏にフラれていて,一度も起用されていませんけど,なぜか,フラれたのがPNPとNPNが逆なのが面白いです......[曇り]

2SC680は,逆に,2SC1161の代わりにプラス側のレギュレータで使ってみようか,という気がしています[晴れ]

VCE=120Vというのは国産Trは高耐圧のものが少ないので,魅力ですよね。

と言う次第で,基板も作ってみました。今度,テストします。

ABCD型EQアンプ基板.jpg EQアンプ基板。まだ未テストです.....[曇り]

フラットアンプはオールバイポーラで製作中です。

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ソニー マルチバンドポータブルラジオICF-SW1の修理 [ラジオ]

2024年1月27日の日記

ICF-SW1-1.jpg ICF-SW1

 外部アンテナとセットになっています。

ソニーが1988年に発売した,LW/SW/MW/FMラジオです。非常に小型で,テンキーがついて直接周波数を入力できる,優れものです。外部アンテナやACアダプタもセットとなり,キャリングケースに収納されてシステムとして発売されていました。

ICF-SW1-16.jpg こんな風にケースに入っています。

ダイレクト選局ができるのでiruchanも憧れて,以前,Yahoo!で落札したものを持っています。

それにとても小さいですしね......[晴れ]

よくもまあ,こんなに小さく作ったものだ,と感心します。

サイズ的にはクレジットカードよりひとまわり大きいくらいで,非常に小さいです。

ソニーのサイトに,TR-55と同じサイズ,って書いていますけど,このサイトを書いた人はTR-55を見たことがないんでしょうね。TR-55はかなり大きいです。

とてもきれいな美品で,本体はキズもないし,備品もすべて揃っていて,キャリングケースのバンドが切れているくらいで,とてもよいものでした。

ただ,どうにも短波を聴くこともないし,買っただけで保管してありました。

さすがにいつまでも放置しておくのはもったいないし,AMラジオもそろそろ終了なので,遠距離受信に使おうか,と出してきました。ICF-EX5がいかにいいラジオと言っても,アナログチューニングですし,周波数カウンタもないので,待ち受け受信するにはちょっと厳しいですよね......。

それに,心配なのはICF-SW1など,1980年代のラジオは,以前,SRF-M100で紹介しましたとおり,悪名高い四級塩電解コンデンサを使っていて,放置すると液漏れで基板が腐食し,ラジオが壊れてしまいます。

幸い,iruchanのは買ってから20年以上経ちますが,久しぶりに取り出して電池を入れてみたら,何の異常もなく,音が出ます。

ホッとしたのですけど,やはりコンデンサの問題が頭をよぎって修理することにしました。

無事に動作しているのだから,ヘタに修理して壊してしまうこともあり得るので,やめようか,とも思いましたが,結果を見ると,やはり直しておいた方がよいようです。iruchanのも電解コンデンサから液漏れしていました。放置しておくと,ラジオが故障してしまっていたでしょう。

それと,久しぶりに取り出して動作させてみて,困ったのはバックライト。

SRF-A300同様,非常に暗いです。

それどころか,SRF-A300は,暗い,と言うだけで,点灯していることはわかりましたが,iruchanのICF-SW1はそもそも点灯していることがわからないくらいで,夜,真っ暗な部屋で確認したら,なんとか点灯しているのがわかる,と言うレベルで,周波数表示は読めません。

これじゃ,役に立たないので,最近の高輝度LEDに交換したい,と思います。

とはいえ,実は大変なことが判明するんですけど.....[曇り]

☆四級塩電解コンデンサの交換

まずは分解して件の電解コンデンサを交換します。

さすがにICF-SW1は非常に小さいので,ネットで見つけたサービスマニュアルを参照して,分解する手順を確認します。また,諸先輩方がすでにWEB上で報告しておられるので,参考にさせていただきました。どうもありがとうございました。

ICF-SW1-2.jpg 部分にねじが3個所あります。

音量調節のつまみを外すとその裏にねじが1個あります。のねじは次に,シャシーと呼ばれるラジオ本体を取り出すときに外します。

なお,フタのねじは3本ですが,うち2本は長さが違うし,ねじの種類も違うのでご注意ください。

ICF-SW1-3.jpg ツメの位置です。

▲のねじを3本外すとカバーが外せますが,ツメが何カ所もあるのでなんとか少しカバーを浮かせて,マイナスドライバーでツメの部分を押してカバーを外します。iruchanの個体は上側のツメから外れるようになっていました。

ICF-SW1-4.jpg カバーが外れました。

サービスマニュアルによると,中身のシャシーと呼ばれる本体を外します。電池箱にねじが2本あり,基板下部右にもねじがあります。

シャシーを外す際には,スピーカコードと,接地線が1本,スピーカについているので,はんだごてで外します。

ICF-SW1-5.jpg フレキケーブルに注意します。

シャシーの下側(本体の表側)にマイコン基板があります。これにLEDがついています。あとで交換する予定です。

これにもねじが3個所あるので外し,注意してフレキケーブルをはずと基板が外れますが,その際,GNDのケーブルが基板にはんだづけされているので,はんだごてで外します。

ICF-SW1-7'.jpg ようやく中身が出てきます。

基板上の,C420,C426,C431,C601,C607,C608の計6個の電解コンデンサを交換します。

C420, C431はそれぞれチューナICのCX20111およびFMステレオデコーダのLA3335Mのデカップリングコンデンサです。C607,608は出力のBA5208AFのコンデンサです。C426はLA3335Mの前段に入っています。

ICF-SW1 コンデンサ交換個所.jpegコンデンサ交換個所

SRF-M100でも経験しましたけど.......ここまでバラしてくると,やはりクサ~~い[台風]

第四級塩化アンモニウム塩の臭いか,と思います。この臭いがする,と言うことはやはり液漏れしているようです。

問題の電解コンデンサは全部で6個あります。

表面実装の47μFと220μFがそれぞれ2個です。33μFと220μFのアキシャル電解がありますが,邪魔だし,これも四級塩電解の可能性があるので,ついでに交換します。

どうもこのアキシャル電解は,パワーアンプICのBA5208AFの規格表を見ると,BIASとFILTERとあるピンに接続されているコンデンサで,容量抜けすると音がひずんだり出なくなるようなので,どうも前のユーザーが交換したのではないか,と思います。

さて,実はここで問題が......。

オリジナルは電解コンデンサなので,交換するのも電解コンにしたいのですが.....。

もう,220μFなんて大容量のものも積層セラミックになっています。

47μFの表面実装の電解,となると耐圧の大きいものが多く,サイズ的にちょっと心配です。

まあ,積層セラミックの方が便利だし,極性もないので皆さん,積層セラミックで交換しておられますね。

iruchan的にはちょっと積層セラミックは信用できなくって,音も悪いので,オーディオ回路では決して使わないんですけど,まあ,今回はラジオだし,積層セラミックだと液漏れもしないので,それに交換することにします。

これらの積層セラミックは秋月で簡単に入手可能です。

ICF-SW1-11.jpg 交換用の積層セラミックコンデンサ


ICF-SW1-8.5.jpg 交換したコンデンサ

ひっくり返すと.......[台風]

ICF-SW1-9.jpg 底面。うぇ~~っ![台風]

やはり,今回のICF-SW1に使用されていた表面実装の電解コンデンサは四級塩電解コンデンサだったようです。すべて,液漏れしてしまっています[雨]

前のユーザーが交換したらしい,アキシャルリードタイプは問題ないようです。

ただ,負極側から液漏れする,とネットに出ていますけど,SRF-M100同様,やはり正極側から液漏れしているようです。

放置しておくと,アルカリ性のため,基板の銅箔を侵してパターンが断線し,ラジオが故障してしまっていたでしょう。早めに交換してよかったです。

取り外したあと,アルコールで洗浄しておきました。ティッシュには黄色い液体がべっとり......[雨]

ただ,SRF-M100と違って,これらの取り外したコンデンサの容量を計るとほぼ表示値どおりの値が出ました。SRF-M100の時は完全に容量抜けしていましたけどね......[雨]

ICF-SW1-8.jpg 交換しました[晴れ]

☆バックライト用LEDの交換

次は,バックライトが本当に点いているのか,点いていないのか,わからないくらい暗いので,交換します。

ここで,iruchanはトラブっちゃいました。

     そもそも,オリジナルのバックライトLEDは何色?

ということです。

かろうじて点いているらしいので,夜,確認してみますとどうもオレンジのようです。

それで,オレンジ色のLEDがついているのか,と思ったのですが,取り外してみてビックリ。

なんと,電球色のLEDがついていました。

ICF-SW1-14.jpg ん!?.....[雪]

時代から考えて,そんなはずはないんだけどなぁ~~?

ICF-SW1の製造中止は1994年のようですから,電球色LEDのはずはありません。

それに,電球色LEDは,もとは青色のチップを使っていて,樹脂の内部の蛍光物質で電球色に変換しています。

青色チップなので,順方向電圧は高めで,最低でも2.8Vくらいはあります。

本機は単三電池2本の仕様ですから,最大でも3.2V程度の電源電圧なので,青色チップを使うことは無理です。

まあ,電圧差が0.4Vくらいはあるので,電池が新品の時なら点灯するし,それなりに明るく点くとは思いますが,電池が消耗したり,充電式のNiMH電池だと最大1.2Vなので,これを使うと点灯しません。

と言う次第で,ソニーさんも電球色LEDなんて使う訳がありません.....[雨]

また,SRF-A300の時に電球色LEDに交換することも考えたのですが,iruchanは一応,オリジナルを尊重したいので,色を変えず,オリジナルの緑色LEDに交換します。ちなみに,SRF-A300は電池4本ですから,電球色LEDも使えます。

ICF-SW1は電池2本ですから,白色や電球色のLEDに交換することはしない方がよい,と思います。まさか,青色LEDにする人はいない,と思いますけど......[雨]

iruchanはこのラジオ,中古で買っているので,前のユーザーがついでに電球色LEDに交換したんじゃないか,と思いますが,ケースを開けた形跡はないんですけどね.......。

とはいえ,一応,これの高輝度タイプに交換すればバックライトも明るくなるか,と思って交換したのですが.....。

やはり全然ダメで,非常に暗いです。

おまけに,そのうち,点灯しなくなっちゃいました.....。

うっかり,どこかのはんだが外れて電流が流れなくなっちゃったようです.....[雨]

と言う次第で,ネットを調べてみるとオリジナルのLEDは緑のようです。

サービスマニュアルにも東芝のTLUG163という記述があります。規格表によると,緑色で,順方向電圧2.15V,輝度70mcdです。

電池2本のセットに使用するLEDの順方向電圧はこんなものじゃないでしょうか。これより高いと電池が消耗するとすぐに点灯しなくなってしまいます。

また,輝度はこの当時のLEDとしてはこんなものでしょう。

そこで,SRF-A300の時にも使った,台湾のOptoSupply社のOSG5212411Cを使います。これ,輝度が12,000mcdもあって,ものすごく明るいです[晴れ]

ICF-SW1-12.jpg 明るい~~~[晴れ]

このバックライトのLEDはルネサスの2SC4177でドライブしています。VCEO=50V,IC=100mAと言う定格です。電流制限抵抗はオリジナルは47Ωです。

先ほどの順方向電圧から考えると,LEDはほぼ定格一杯の22mAでドライブしています。

この抵抗を小さくすると明るくなるか,とも思いますが,電流がギリギリなので,やはりLEDの交換が必要です。

ただ,OptoSupplyのLEDは明るすぎるので,電流制限抵抗は510Ωに大きくしておきました。電池の消耗も少なくなりますね。

ICF-SW1-13.jpg こんな感じです[晴れ]

ICF-SW1-15s.jpg 夜はこんな感じです。

真っ暗な部屋でLIGHTボタンを押すとこんな感じです。朝4時に三脚使って撮りました......[雪]

ラジオをonしていないときは時計が表示されます。

     ☆          ☆          ☆

さて,ようやくこれで無事にコンデンサも交換し,バックライトも明るくなったので,使いやすくなりました[晴れ]

何より,押しボタン式で,ダイレクト選局できてとても使いやすいし,感度もこんなに小さいのに,非常によく,遠距離受信も問題ないです。ホールド機能もあり,SRF-M100はちょっと触っただけで局が変わってしまったりして困りますが,この機能があると非常に助かります。

ところが......。

このラジオ,マイコン制御なのはいいんですが,取扱説明書がないと使えません[台風]

ラジオなんて,説明書なくても使えないとマズいでしょ,と思うんですけど,なかなか,このラジオ,手強くて,説明書がないと,言うことを聞いてくれず,結構,イライラする,と思います。

iruchanは説明書つきで買っているので問題ないですけど,ハードオフなんかで,本体だけ買ってくると困るでしょう。

それに,どういう理由なのか,ソニーはWEB上で取扱説明書を公開していません。SRF-M100も同じで,どうしてダウンロードできるようになっていないのか,不思議です。

と言う次第で,ごく簡単ですけど,使い方をメモっておきます。

☆時計のセット

本体のMAIN POWERをスライドし,電源を入れて(ラジオの電源は入れません),ENTERを押しながらMANUAL TUNEの+,-を押してあわせます。

☆プリセット

AMまたはFMボタンを押し,上記のチューニングボタンを押すか,テンキーで局の周波数を入力し,再度,AMまたはFMボタンを押すと放送を聞くことができます。

この状態で,ENTERを押しながら(#が点滅します),1~0のテンキーを押すと,プリセットできます。

本当言うと,この時刻やプリセット周波数は電気二重層キャパシタでバックアップされていて,ケースを開けたときに交換しておけばよかったですが,今回は手持ちがないのであきらめました。


2024年1月30日追記

昨日,バックライトが点灯しなくなった,と思ったら,今朝,とうとうラジオが鳴らなくなりました。

電池を取り出して電圧を測定してみると,1.07Vくらいほどです。直列2本で,2.15vくらいまではラジオが動作するようです。

と言う次第で,やはり電球色LEDに交換するのはまずいようです。

電池が新品の状態の時,しばらく点灯しますが,すぐに点灯しなくなると思います。その後,ずっとラジオは鳴るのですけどね。ランプだけ点灯しない,という状況が続くことになるようです。

緑や黄色のLEDだと,順方向電圧が低く,ラジオが鳴らなくなるギリギリまで点灯すると思います。


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さよならAMラジオ~送信所めぐり~その12:茨城放送・県西中継局,栃木放送・鹿沼送信所 [ラジオ]

2024年1月10日の日記

とうとう今冬の青春18きっぷも今日が最後です。

最後の1枚を使って宇都宮まで行って栃木放送の送信所を見てきました。途中,小山で水戸線に乗り換えて,茨城放送の中継局も見てきます。

☆茨城放送・県西中継局

茨城放送・県西中継局.jpg

茨城県西部の筑西市にある中継局です。本局は水戸にある下国井送信所ですが,地形の関係か,県西部で聴きにくい状況だったらしく,1990年12月に建設された,周波数1458kHz,出力1kWの比較的新しい送信所です。

筑西市にあるので,筑西送信所と書かれることも多く,googleマップでもそのように出ていますが,正しくは県西中継局のようです。

ただ,鉄塔基部の銘板を見ると関城中継所とあります[曇り]

茨城放送・県西中継局3.jpg 

基部接地型中波空中線。平成2年12月完成,株式会社八木アンテナとあります。

2005年3月までは真壁郡関城町なので,その銘板表記となっているようです。筑西市となったのは建設後なので,開局時は筑西送信所ではありません。また,壁の看板には茨城放送県西中継局とありました。筑西市になったときに,名称変更したのではないでしょうか。

茨城放送・県西中継局1.jpg 色あせた看板

送信用の鉄塔はダウンリード式で,鉄塔自体は接地されていますが,自立型ではなく,従来のステーを用いた支線式になっています。

茨城放送・県西中継局2.jpg 頂冠部

▲の銘板にあるとおり,基部接地型の鉄塔なので,頂冠部もグランド電位だと思います。

とすると,形状こそ,容量環に似ていますが,容量環として機能はしていない,と思います。

リード線が絶縁碍子を使って支持され,下に垂れていますが,ジャンパー線で頂冠に接続され,リード線はここで接地されています。碍子がなく,直接,頂冠に取りつけられている場合もあります。


茨城放送・県西中継局4.jpg 鉄塔基部

鉄塔自体は接地されているので,絶縁碍子は入っていません。リード線はニッポン放送の足立予備送信所のように,地面から絶縁して取りつけられています。

茨城放送・県西中継局5.jpg 局舎とリード線取付部。

茨城放送・県西中継局6.jpg 

局舎。扉の上に木の看板があります。隣りの扉はトイレのようです。

どこにもSTL用のパラボラが見えないので,光ファイバーの専用線で本局から中継しているもの,と思います。

茨城放送は2021年4月から,IBSの略称をやめ,"Lucky FM茨城放送" と放送ではLucky FMとアナウンスしています。周波数のアナウンスも,FM 94.6MHzだけで,AMの周波数を言わないことも多いようです。また,2021年にはFMつくば局を開局し,radikoのエリアも1都6県に拡大しています。
 
iruchanも知らなかったのですが,茨城放送が都内でもradikoで聴けるんですね~。茨城県の情報が都内でも聴けるのは大変よいことだと思います。なお,radikoもエリア外は聴くことができず,関西でも和歌山放送は和歌山県のみのようです。
 
と言う次第で,この放送局はFM化に熱心で,今年,民放のAM廃止に向けて,総務省が一部の放送局を停波して状況を調べる実験をするようですが,茨城放送も2月から,この実験に参加し,県西中継局と土浦中継局を停波するようです。
 
聴取者の反応を見て,実験終了とともに,廃局になる公算大,と思っています。
 
ただ,FMは直線で送信所が見通せる位置にラジオやアンテナを置かないと聞きにくく,ニッポン放送など,「マンションなどでは,AMより良好に受信できます」,って放送していますけど,やはりAMの方が受信しやすい,と思うんですけどね......。
 
ちょっと残念ですが,茨城放送もワイドFMで聴けるし,radikoで関東一円で聴ける,ということであれば,問題は少ないのでしょう。
 
関東鉄道.jpg 帰りも関東鉄道で....[晴れ] 大田郷駅にて
 
県西中継局地図.png 大田郷駅から歩いて1.5kmほどの所です。

☆栃木放送・鹿沼送信所

栃木放送・鹿沼送信所4.jpg 鹿沼送信所です。基幹局なので鉄塔も高いです。

栃木放送はとても受信しにくく,iruchanがいる北陸や,関西のほか,たまに滞在する東京でもほとんど受信できません。その点,茨城放送は比較的楽に受信できるのですけどね......。

たぶん,周波数が悪いのだと思います。

本局の1530kHzは高すぎてエリアが狭い上,中国放送とぶつかっていて,iruchanの住んでいるところではまったく聞くことができません。また,那須の864kHzは北海道のHBCとぶつかっていて,これもHBCの方が強く,また,足利の1062kHzは新潟放送や,信越放送など,多数の局が利用していて,高密度地帯ですしね。

と言う次第で,今まで一度も受信できたことはないので,お膝元へ行くことにしました。

意外に北海道や青森放送,秋田放送は受信できるのに,近くの栃木放送なんかが受信しにくいのは電離層の関係もあるのでしょう。

栃木放送・鹿沼送信所.jpg 局舎

栃木放送・鹿沼送信所2.jpg 鉄塔基部

鉄塔は絶縁型のため,下部に絶縁碍子と,航空障害灯に給電するオースチントランスが見えます。

栃木放送・鹿沼送信所1.jpg 容量環はありません。

  頂冠部は容量環がないタイプでした。

頂冠から,各支線にリード線が配線されています。ということはステーにも給電されているはずですね。

よく,1本のリード線だけ,鉄塔と接続して給電し,指向性を持たせているところがありますが,3方向全部にこのように配線されている理由がよくわかりません......[曇り]

残念ながら,局舎にも,ゲートにもなにも栃木放送の送信所であることを示す看板等はありませんでした。

場所は鹿沼市深津にあり,宇都宮駅から鹿沼へバスが頻発しているので,結構楽ですが,残念ながら,バス停(飯田)から2.2kmほど南へ歩いたところにあり,かなり遠いです。バス停のすぐ先に左に曲がって林の中に消えていく細い道があり,それをずっと道なりにたどって日光線の踏切を越えて2本目の交差点で左に曲がると送信所に着きますが,疲れた~~[台風]

レンタサイクルもないし,車で行った方が楽です。

周囲は工業団地になっていて,工場や物流倉庫がありますが,送信所の周辺は田んぼが多いです。

鹿沼送信所地図1.png 日光線の鶴田~鹿沼のちょうど中間くらい[雨]

ちょっと腹が立ったのですけど,日光線のすぐ近くにあるのに,駅がない[雷]

鶴田~鹿沼間は9.5kmもあるのに,途中の駅がありません。どちらの駅へ行くにも歩くと5kmほどもあるので,宇都宮駅からバスに乗りました。周囲は工場も立地しているし,住宅も建て込んでいるので,この辺りに駅を作ったら喜ばれるのではないでしょうか。


2024年2月28日追記

どちらもQSLカードをいただきました。本当にどうもありがとうございました。

IBC茨城放送s.jpg 

北陸で受信しました。ライオンのキャラがかわいい[晴れ]

今度,水戸の本局を訪ねてみたい,と思います。

栃木放送s.jpg 白黒のカードが渋いです.....[晴れ]

残念ながら,宇都宮市内での受信報告となってしまいました。申し訳ありません。


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さよならAMラジオ~送信所めぐり~その11:KDDI八俣送信所,NHK菖蒲久喜ラジオ放送所 [ラジオ]

2024年1月7日の日記

八俣送信所.jpg KDDI八俣送信所

ここは日本か? と言う感じの幻想的な光景。夜は航空障害灯が点灯してきれいでしょう。

今日は初詣です[晴れ]

と言うことで,総本山へお参りしてきました。

NHKの中波,短波の基幹放送所へお参りし,多額の? お布施をしてきました。

☆KDDI八俣送信所

八俣送信所3.jpg

ここから,ワールド・ラジオ日本でNHKが プロパガンダ 国際放送をしています。6MHz~22MHzの周波数帯で,短波で全世界に放送しています。

周波数は,短波のため,季節ごとに最適な周波数が異なるため,こちらで公開しています。Yamataと書かれた周波数帯がここから発信されています。

とはいえ,ここは前身は1940年11月に建設された,国際電気通信株式会社の八俣送信所で,同社は1938年に日本無線電信株式会社と国際電話株式会社の合併により設立されています。設立の趣旨としては,国際電話と無線電信を一体化して運用しよう,というものでした。送信所は他に,札幌の烈々布送信所,鹿児島にありました。

すでに日中戦争も始まっていて,本来なら国営化すべきなのでしょうが,欧米との関係も微妙な時期に当たり,対外関係を考慮し,事実上,国営なのに,民間会社が運営する,と言う形態を取ったようです。

戦時中は日本から海外へ発信する短波放送を一手に担い,海外への情報発信は短波の通信によりここから送られました。戦後も,海底ケーブルや衛星通信が主体になった後も,予備的な立場で送信が続いているのではないでしょうか。そして今後も,有事の際は海底ケーブルはすぐに切断されてしまうことや,さらに,人工衛星も撃墜することが可能ですので,重要だと思います。

また,東京ローズ などの謀略放送はここから放送されたのではないでしょうか。KDDIには当時の資料が残っていないため,わからない,とのことですが....。

戦後はGHQの指令で,同社は解散,いったん,逓信省直轄となったあと,1953年から国際電信電話株式会社,その後はぐちゃぐちゃあって 手抜き~ 今はKDDIとなっています。

ちなみに1945年8月15日の玉音放送は国内向けには中波で,海外向けには短波で送信されていましたが,ここからは在外居留民向けに日本語と,全世界に向けて英語で短波で送信されたはずです。2年前に死んだ父は船員で,海軍に徴用されていましたので,樺太で聞いた,と言っていましたけど,短波で聞いたはずです。

なお,「ニイタカヤマノボレ一二〇八」の通信は軍事通信なので,ここではなく,長崎の海軍針生送信所および千葉の船橋送信所とされていますが定かではありません。また,これらの送信所は中波,短波のため,水上艦艇向けで,ハワイに向けて潜水艦による先行部隊がいましたので,長波による送信も必要だったはずで,愛知県の依佐美送信所から送られたはずです。

ここへは,東北本線古河駅から,大綱行きのJR関東バスが出ていますので,終点のひとつ手前,中里が最寄りのバス停になります。
 
いや~,行ってみてビックリ。とんでもない広さですね~。100万m2あるそうです。それに,一体,何本の鉄塔が建っているのでしょうか。驚くほどたくさんの鉄塔が建っていました。正確な数はKDDIもわかんないんじゃないでしょうか.....。そんなことないってば。
 
中里のバス停から,少し戻ると,北に延びる道があるので道なりに進むとものすごい数の鉄塔が見えてきます。
 
八俣送信所14.jpg 一体,何本あるんだよ......[曇り]
 
ちょくちょく訪れる人がいるようで,同じバス停で若い女性が降りたのにはビックリ。彼女も反対側のバス停の時刻を確認していましたし,あとで見かけましたので,送信所が目当てだったようです。
 
バスは大体,1時間に1本ですが,ない時間帯もありますので,ご注意ください。
 
八俣送信所3.jpg トラス型の鉄塔もあります(無指向性?)
 
八俣送信所2.jpg カーテンアンテナ
 
八俣送信所8.jpg 上部
 
よく見ると左右に分かれていて,折り返しダイポールアンテナになっていることがわかります。
 
八俣送信所7.jpg 下部
 
八俣送信所17.jpg リード線の固定部。2面あります。
 
局舎も平屋ですが,大きな建物で,前回のラジオNikkeiの長柄送信所もそうでしたが,送信機は真空管出力だそうです。また,同様に送信所は有人で,保守,運用されていますし,職員用の宿舎もあるようです。今でこそ道路も整備され,南側には住宅地が広がっていますが,昔は田んぼの真ん中で,周囲はなにもなかったでしょうから,生活は結構,大変だったんじゃないでしょうか。
 
八俣送信所4.jpg 北側の門。
 
八俣送信所16.jpg
 
八俣送信所6.jpg 正門
 
八俣送信所12.jpg 局舎
 
この写真の手前にある建物は戦後の増築棟で,その奥にもとの本庁舎があり,南側(右側)が入り口で,玄関や車寄せもある立派な戦前様式の局舎がありますが,見学でもできない限り,玄関の撮影はできません。
 
八俣送信所15.jpg 給電線。まるで荒野に延びる電信線。
 
ラジオNikkeiの長柄送信所もそうでしたが,各鉄塔に給電するための給電線が四方八方に伸びていて,ややこしくなっています。
 
さて,やはり気になったのはこの送信所の戦時中の様子です。いつも見る,今昔マップ on the webに戦前の地図が出ていました。
 
ただし,このWEBでも注意が表示されますが,戦時中の軍事関連施設は戦時改描と言って,実際とは異なる表示になっていることが多いので,注意が必要です。特に,「あるはずのものがない」ということも往々にしてあります。以前,東京芝浦電気府中工場の記載がないことを指摘しています。
 
案の定,八俣送信所の記載はありませんし,鉄塔の記号も出ていません。
 
八俣送信所(水海道 '40.11.30).png 八俣送信所?(水海道'40.11) 
 
やはりなにも記載されていません。今昔マップでも,"戦時改描の可能性" と表示が出ます。
 
戦後はきちんと表示されています。 
 
八俣送信所(水海道 '72.10.30).png 1972年10月
 
八俣送信所分室,というのは1933年に日本無線電信が隣りの結城郡名崎村に建設した名崎送信所のことです。1938年には同じ会社になっており,戦時中の役割分担がどうなっていたかまではちょっとわかりませんが,在外公館への通信などはこちらが担当していたのではないでしょうか。
 
米東部時間1941年12月7日午後2時20分,特命全権大使の野村吉三郎が米国務長官コーデル・ハルに日本の宣戦布告文を手交します。その電報は朝7時に届いていましたが,前夜に書記官の送別会のパーティをやっていて,当日朝,誰も大使館員が出勤しておらず,暗号解読に手間取り,真珠湾攻撃の50分後となったのは有名ですが,その電報はここから送信されたのではないか,と思います。
 
戦後は八俣送信所同様,逓信省(1947)⇒電気通信省(1949)⇒日本電信電話(1952)⇒KDD(1953)⇒KDDI(2001)と所属が変遷します。有名なのはJJYの発信ですが,そのほか,共同通信,時事通信,気象庁,海保などの通信業務を担当していましたが,徐々に停波し,2009年に完全に停止しました。現在は跡地は工業団地になっていて,跡形もありません。
 
八俣送信所の航空写真の方は国土地理院の地図・空中写真閲覧サービスで見ることができます。
 
八俣送信所 '48.10.22 USA-R1970-23s.jpg 1948年10月
 
の部分に八俣送信所の本庁舎が写っています。建物の北側から東側にかけて,10基の自立鉄塔が確認できます。無指向性の支線式の鉄塔が他にもあるのかもしれませんが,今ほど鉄塔は多くなかった,と思います。
 
八俣送信所 '93.10.24 CKT932X-C6-6s.jpg 1993年10月
 
大幅に鉄塔の数が増え,特に東側に1列に並んだ鉄塔が確認できます。北の方や西にも鉄塔が増設されたようです。また,局舎も西側に増築され,送信機が増設されたようです。
 
お昼は古河駅近くのマスダ食堂さんで,モツ煮込み定食をいただきました。このお店,親切なおばあさんがワンオペしておられますが,冬休みなのか,たぶん孫? のお嬢さんが手伝いをしていてほのぼのしちゃいました。心優しいお孫さんですね[晴れ]
 
モツ煮込み定食(マスダ食堂).jpg 大好きなモツ煮込み[晴れ]
 
 何よりとても美味しいし,量も多くて,心のこもった定食にiruchanは大満足でした。
 
☆NHK菖蒲久喜ラジオ放送所
 
NHK菖蒲久喜ラジオ放送所.jpg 一体いくつパラボラがあるんだよ.....[曇り]
 
ここで東京第1および第2が送信されています。NHKは2028年以降もAMは継続する,と表明していますが,第2放送は来年度中の廃止が決定していますので,今のうちに写真を撮っておこう,と思いました。
 
来年度以降,FMで今,基礎英語をやっていたりしますけど,FMも含め,NHKラジオの番組編成がどう変わるか,心配しています。
 
NHKの送信所は愛宕山の送信所から,新郷放送所⇒川口放送所(第1),鳩ヶ谷放送所(第2)⇒菖蒲久喜放送所と移転しています。菖蒲久喜への移転は第1が1982年3月と第2が翌年3月です。新郷放送所は現在,文化放送が使っているのはよく知られています。川口放送所は2002年まで予備送信所として活用されましたが,新開放送所が開設されて廃止され,現在はNHKアーカイブスが置かれています。
 
そもそも久喜放送所でいいのに,なんで菖蒲久喜と名乗っているのか.....。
 
敷地が南埼玉郡菖蒲町と久喜市にまたがっていたためですが,2010年に久喜市と合併しています。
 
ここも場所が広いので,写真を撮るのは大変ですが,都心に近いし,周辺は住宅街,工場の他,ショッピングセンターもできているので,バスも複数の系統があって,比較的便利です。
 
送信所は南から第1,第2の順で設置されています。第1が594kHz,出力300kWで,第2が693kHzで出力500kWで,どちらも国内最大です。鉄塔は第1が高さ245mで,第2が215mあります。国内のAM送信所でこれだけの高さがあるところは他にありません。第2の方が出力が大きいのは,第2放送の送信所の数が少ないので,エリアが広いためでしょう。
 
南側の向野バス停か,北側の大久保バス停が近いです。iruchanは久喜駅西口から,清久工業団地行きのバスに乗り,向野バス停で降りました。ここからは第1放送の送信所が近いです。菖蒲仲橋行きのバスだと大久保バス停で降りると第2放送の送信所が近いです。
まず驚くのはものすごい数のパラボラアンテナ。八俣送信所は鉄塔の数に驚きましたけど,ここはパラボラ。
 
なんだこれ? って思いましたが,放送衛星へTV映像を送るアップリンク施設だそうです。
 
NHKは渋谷が主局で,ここは副局のようです。
 
アナログ時代はWOWOWなどの民放の送信も受託していましたが,今はB-SATに移管されているものの,設備は共有しているようで,同社のWEBを見ると渋谷,菖蒲,君津にアップリンク施設がある,と書かれています。菖蒲,というのはここのことでしょう。
 
☆東京第1放送
 
NHK菖蒲久喜ラジオ放送所13.jpg 道路に面した案内看板。
 
NHK菖蒲久喜ラジオ放送所7(第1).jpg 第1放送局舎入り口。
 
奥に銘板がありますが,菖蒲久喜ラジオ放送所とあるようです。
 
NHK菖蒲久喜ラジオ放送所9(第1).jpg 第1放送局舎
 
NHKのロゴがありますが,鉄板に塗装して書いてあるようです。
 
NHK菖蒲久喜ラジオ放送所8(第1).jpg 第1放送鉄塔頂冠部
 
NHK菖蒲久喜ラジオ放送所10(第1).jpg 第1放送基部。
 
銘板には,「日本放送協会支線式240M円管鉄柱 完成 昭和56年12月」とありました。
 
民放の華奢な? 鉄塔と違い,非常にゴツいです。民放のはφ500mmのはずですが,ここのは1mはあると思います。そもそもはしごが2本ある,と言うのは初めて見ました。まあ,高さが民放の倍はあるので,ゴツくて当然でしょうけど。
 
☆東京第2放送
 
NHK菖蒲久喜ラジオ放送所3(第2).jpg STL用の鉄塔と。
 
敷地の一番北にSTL用のパラボラアンテナがあります。
 
NHK菖蒲久喜ラジオ放送所4(第2).jpg 第2放送鉄塔頂冠部
 
NHK菖蒲久喜ラジオ放送所12(第2).jpg 第2放送鉄塔基部
 
遠いので,望遠でもこれくらいしか撮影できません[曇り]
 
NHK菖蒲久喜ラジオ放送所6(第2).jpg 第2放送入り口。
 
NHK菖蒲久喜ラジオ放送所5(第2).jpg 第2放送局舎
 
珍しく? NHKのロゴがあります。第2はステンレス製のようです。
 
残念ながら,敷地の東側にも細い道があり,そちらから撮影できるのですが,できませんでした。
 
さて,来年度以降の話ですが,いつ,とは時期が明示されていませんが,来年度中にNHKは第2放送を廃止するようです。
 
とすると,この設備はどうなるのでしょうか。
 
あくまでも私見ですけど,新開送信所は出力が10kWしかなく,心細いので,そこを廃止して,ここを第1放送の予備とするのがいいんじゃ,ないでしょうか。
 
それとも,ここはやはり 対○謀略放送 の拠点に......以下,自粛。
 
帰りは第2放送からさらに北に行くと大久保バス停があるので,そこからバスで久喜駅に戻りました。モラージュ菖蒲という大きなショッピングセンターがあるので,そこで休憩してもよいのですが......iruchanはショッピングセンターは嫌いで,そんなところに行くとかえって疲れるので,立ち寄らずに帰りました....[雨]
 
鴨(菖蒲北部調整池).jpg バス停近くの調整池で。
 
鴨がひなたぼっこをしていました。太陽光電池パネルも生き物たちはこうやってちゃっかり利用していますね[晴れ]
 
      ☆          ☆          ☆
 
こうして初詣もできました。今年こそよい年を,と思っておりましたが,新年早々,大地震が発生し,驚いています。被災された皆様には謹んでお見舞い申し上げます。

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謹賀新年

2024年元旦の日記

皆様,あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

'24年賀状.jpg


2024年1月2日追記

年明け早々,能登で大地震があり,iruchanもひどい揺れで驚きました。近所でこんな大きな地震が起きて,正直,こわいです。亡くなられた方もいらっしゃいますし,また,家が損壊して途方に暮れておられる方も多いと思います。謹んでお悔やみとお見舞い申し上げます。 

残念ながら,今年も極めて悪いスタートとなりました。一体,日本は今年どうなるでしょうか。新年早々,非常に心配な1年の始まりとなりました。これ以上,悪いことが起こらないことを祈っております。

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さよならAMラジオ~送信所めぐり~その10:ラジオ関西・淡路送信所,朝日放送・高石送信所,毎日放送・高石ラジオ送信所,和歌山放送・狐島送信所 [ラジオ]

2023年12月26日の日記

いよいよ年も押し詰まってきました。皆様,本年1年間,ご愛読ありがとうございました。

さて,今年最後ですが,青春18きっぷも出たので,今回は関西方面の送信所を訪問します。こういうとき,青春18きっぷは便利ですね~[晴れ]

☆ラジオ関西・淡路送信所

ラジオ関西淡路送信所.jpg ついに来ました~~っ![晴れ]

さすがに淡路島でも雪雲が流れ込んできて,こんな天気でした。曇り空の中,逆光で撮影すると,なにか,もう,この世のものとは思えない,神々しいばかりのかっこよさですね~。

いや~,ここ,ニッポン放送の木更津送信所と並んで,絶対に行きたいところでした。大阪湾に面して,ものすごくかっこよい鉄塔が,しかも2本も並んで立っている絶景を一度,見てみたい,と思っていました。

それに,ラジオ関西って,iruchanの北陸でもよく聞こえて,また,やはり神戸だけあって,洒落た品のよい番組が多く,よく聴いていましたので,一度,送信所を見てみたい,と思いました。

この送信所は,開局時は神戸市須磨にありましたが,1960年に淡路島の北端,津名郡淡路町松帆に移転し,さらに明石海峡大橋と支障するため,1994年に南の東浦町小磯に移転しました。今は淡路市となっています。

ややこしいのは以前の送信所で,岩屋の送信所,と言われることが多く,淡路町になる前の津名郡岩屋町からそう言われるようですが,移転時には淡路町となっていました(淡路町の成立は1956年4月)。

現在の淡路送信所は,大磯港に面していて,関西方面からだと三宮から高速大磯号に乗ると1時間ほどで着きます。本数も多く,日中1時間2本あります。

と言うことなんですけどね.....。

なんか島に行くのに,往復高速バス,というのもなんかなぁ~,って感じなので,明石港からフェリーに乗りました。

何度も徳島~大阪の高速バスは乗ったことがあり,便利なことはよくわかっているんですけどね。便利だし,実際,淡路島から京阪神方面へ通勤,通学する人も多いでしょうけど,淡路島へは船で行きたい,って思いました。

まずは新快速に乗って明石へ.....。中央線の鈍行快速にくらべてスゴ速いっ!!

着いたらおもわず,さぶ~~~っ[雪]!

今年一番の寒気団がやってきて,瀬戸内海側も雪雲が流れてきて曇っているし,時折,しぐれています。

駅から歩いて10分ほどで明石港のジェノバライン乗り場に着きます。

2010年11月に明石海峡大橋の開通後も運行されていた明石淡路フェリーが廃業し,2015年7月からジェノバラインが事業を継承し,新造船も就航しています。

明石海峡大橋.jpg 明石海峡大橋をくぐって......

明石海峡大橋は125cc以下のバイクは走れないし,当然自転車はダメなので,貴重な足です。それに岩屋地区は高速バスから取り残され,近くのバス停まで遠いので,貴重です。

朝,9:30発のまりーんふらわあ2で岩屋港へ。たった13分の船旅でしたけど,楽しかったです。料金は600円でした。

岩屋ポートターミナルは新築で,中のお土産コーナーはとても賑わっていました。関西以外じゃあまり手に入らない,巨大な金時芋をお土産に買って帰ったら,ホクホクの芋で,嫁はんが喜びました[晴れ]

どう考えても,関東とかで売られている,紅はるかや紅あづまは西日本じゃ,ベチャ芋なんですよね~~[雨]

岩屋ポートターミナル.jpg 岩屋ポートターミナル

ここからバスあわ神あわ姫バス①時計回り東浦・津名方面で大磯港へ。

ちなみにgoogleさんは,フェリーからこのバスの乗り継ぎは,次の岩屋海水浴場前バス停を指示するのですが,どうもおかしいので,時刻表を見たら,ちゃんとポートターミナルにバスが停まりますので,ご注意ください。

ただ,大変申し訳ないけど,料金500円は高杉晋作!

しかも均一料金なので,近くの病院なんかへ行く人には余計割高になりますね。まあ,補助金がなくて,純粋に経費だけで計算するとこういう料金になっちゃうんでしょうけど.....。

大磯港に近づくと,巨大な鉄塔が2本見えてきます。

バス停から,Panasonicの物流倉庫の脇を通ると鉄塔に着きます。

あまりに立派な鉄塔にビックリ。

ラジオ関西淡路送信所6.jpg ものすごい鉄塔です!

敷地面積が狭くて済む,ダウンリード式の鉄塔となっています。

普通の支線式の鉄塔の場合,鉄塔が大地から浮かせてあり,そこに給電して電波を発射しますが,ダウンリード式は鉄塔自体は接地してあり,リード線をてっぺんから何本も垂らしてそこに給電します。通常の絶縁型鉄塔の場合は,鉄塔が絶縁してあって,モノポールアンテナとして動作しますが,ダウンリード式の場合,リード線の上で鉄塔に接続して接地してあり,接地型アンテナとして動作します。一方,下部には碍子がはさんであります。

ラジオ関西淡路送信所1.jpg 鉄塔基部

 こんな風にリード線を碍子で絶縁しています。

ニッポン放送の足立予備送信所もそうですし,山梨放送の送信所もそうですけど,1990年代以降に設置された送信所は敷地面積が狭くて済むこの方式の送信所が多いです。

残念ながらこんな立派な鉄塔もあと5年でご用済に.....。何か有効活用を考えてほしいものです。

ラジオ関西淡路送信所3.jpg 頂部

60m以上の高さの構造物は航空法51条の規定で,昼間と夜間の航空障害標識が必要です。例の赤白の塗装は前者です。

ただ,昼間でも白色の高光度航空障害灯を設置すれば,塗装をしなくてもよい,と言うことになっています。高光度というのは最大で150,000~250,000cd必要なので,かなりの光量ですね。

東京タワーは赤白塗装しているのに,スカイツリーやこの送信所が銀色なのは,高光度の障害灯を設置しているからですね。昔はこういう明るい照明装置がなかったのでしょう。ちなみに淡路送信所の鉄塔は溶融亜鉛メッキをしてある,と思います。

ちなみに赤白と言いますけど,赤はマンセル10R5/14で,白はN9.5です。よく見ると赤はオレンジ色なのですが,たまに本当に赤い塗装になっている場合があるようで,鉄塔が何本も並んでいるところを観察すると,色が微妙に違ったりします。

ちなみに,この鉄塔は高さ135mあるそうですから,航空法の規定に引っかかりますね~[曇り]
 
なお,ラジオ関西は周波数558kHzと言うことなので,この高さはぴったり1/4λです。効率的には1/2λの方がよく,この倍の高さが必要です。50kWのTBSは1/2λで,中小局だと1/4λの場合が多いのですが,ここは20kWなのですけど,1/4λでもよいようです。さすがにNHK菖蒲久喜送信所みたいに240mもの鉄塔は建てられませんよね~。

ラジオ関西淡路送信所5.jpg 給電部

リード線に給電する部分です。絶縁状況がよくわかりますね。八木アンテナはVHF帯のSTL用と思います。

ラジオ関西淡路送信所4.jpg 局舎

たぶん,誰かデザイナーの手が入っていると思います。まったく事務的じゃなく,海岸の風景に溶け込んだ優れたデザインだと思います。

ラジオ関西 '23.10.24s.jpg QSLカードをいただきました。

本当にかっこうよい,鉄塔ばかりのQSLカードでしびれちゃいました~[晴れ]

本当にどうもありがとうございました。もう,大感謝!です[晴れ]

撮影後,港近くのお食事処 渡舟さんで昼ご飯。あぶり太刀魚とカンパチの海鮮丼&あら汁が超美味でした[晴れ]
 
海鮮丼.jpg 超美味の海鮮丼[晴れ]
 
帰りは目の前のバス停からここから高速バス大磯号に乗ることにしていましたけど,ちょっと時間が空いていたので,散歩がてら歩いて,東浦BTから乗りました。
 
東浦BT.jpg ガラス張りの東浦BT
 
大磯号乗車券.jpg 驚いたことに自販機がなく,手売りの常備券[晴れ]
 
バスは明石海峡大橋を渡る頃には満席。結構,乗っているんですね~。
 
高速舞子のバス停で結構,降りる人がいます。明石や姫路方面だとここで降りるのがよいですよね。
 
iruchanも一度,ここで降りてみたかったので,降りてみました。
 
4Fに自由通路があり,そこからさらにエレベータで舞子駅へ。ここから快速に乗って大阪駅で出ました。三宮まで行って新快速に乗ってもいいんですけどね。
 
     ☆          ☆          ☆

1995年1月17日の阪神淡路大震災の2ヶ月前にこの送信所が完成しています。鉄塔は無事で,神戸のスタジオがのちにほぼ全壊と判断されるにもかかわらず,わずか13分後,放送を再開しました。

あの日,iruchanは静岡県に住んでいたのですが,カタ,カタと初期微動が始まり,すぐに起きました。継続時間×8で震源までの距離がわかるのですが,ベッドの中でカウントしたら30秒くらいだったので,300kmくらいかと思っていたらグラッと大きな揺れが来て,距離が遠いのにこれほど揺れるとは大地震と直感し,すぐにラジオをつけたら神戸で震度6,と放送していて,ビックリしたことを覚えています。

まだ当時は最高震度階数は6でした。おまけに,NHKですら,神戸放送局が沈黙し,かなりの間,「神戸放送局から応答がありません.....」と放送していて,これは大変なことになった,と思いました。6,000人を超える人が亡くなっています。ご冥福をお祈りいたします。


☆朝日放送・高石送信所

ABC高石送信所.jpg もう,日が暮れかかっています。

大阪で紀州路快速に乗り換えて,さらに鳳=テブナン駅じゃなかった なんのこっちゃ,鳳駅で各停に乗り換えて北信太へ。

阪和線は久しぶりです。その昔,EF58やキハ58の臨時 "きのくに" やED60やEF15の牽引する貨物をよく撮りました。懐かし~~。

夜行もよく乗りましたね~。最初はEF58牽引の12系で,新宮までよく乗りました。その後,165系に変わってからも乗りましたが,紀伊田辺行きになってからは乗っていません。もう,列車自体,なくなっちゃいましたね.....。

そもそも,阪和線~環状線の直通は国鉄時代は「できない」と言われていたのに,いつの間にか,できちゃって,ビックリです。天王寺で乗り換え,は当たり前,だったのですけどね。時代は変わりました......。

北信太から逆方向に富木まで歩くと,朝日放送と毎日放送の送信所を見ることができます。

北信太の駅からは,いったん,南に出て,府道沿いに第2阪和国道,堺泉北有料道路の高架をくぐると見えてきます。1kmほどなんですけど,意外に遠かったです。また,送信所の周囲は住宅が建て込んでいて,なかなか近づけませんでした。

ABC高石送信所1.jpg 局舎

ABC高石送信所2.jpg 銘板

基幹送信所だけあって,TBSの戸田送信所やCBCの長島送信所みたいに立派な局舎がありました。太陽電池パネルに囲まれているのもCBCと同じです。まあ,送信所はラジアルアースと言って,半径100mほどの広い接地面が必要なので,空き地にしておくくらいなら,こういった有効活用ができますね。

鉄塔は従来どおりの支線式。開局時は堺市の埋め立て地にありましたが,1960年11月に現在地に移転しています。周波数1008kHz,出力50kWです。鉄塔の高さは130mもあります。

ABC高石送信所6.jpg 頂部。容量環はありません。

  赤色の航空障害灯が2つ,ついています。

ABC高石送信所5.jpg STL用パラボラアンテナ

ABC高石送信所4.jpg 基部

てっぺんに低光度の航空障害灯がついているのみなので,絶縁用のオースチントランスがついているのはどこも同じです。

ABC高石送信所7.jpg 局舎にもSTLのアンテナがありました。

不思議なことに隣接している毎日放送同様,容量環はなく,阪和線からもよく見えます。

周囲は住宅に囲まれていますし,西側は時間決め駐車場,北側は某宗教団体に土地を割譲? しているようです。ヘタに写真撮っていると向こうから写真撮られるかもしれないので,早々に退散しました。場所もよいし,周囲は住宅地なので,2028年以降,あっという間にマンションか何か,建つでしょう。

それに,もう3時過ぎ。明日は冬至なので,日が沈むのが早く,急がないと毎日放送まで行けそうにありません。

☆毎日放送・高石ラジオ送信所

MBS高石ラジオ送信所.jpg 局舎とSTL,送信用鉄塔

ABCの送信所から,直線で800mほどのところに立地しています。道が結構細くてややこしいので,歩くと最短でも1.1kmほどあります。

こちらは周囲は鴨公園という公園の中。子供達が野球してたり遊んでいました。かと思うと,足元で小さな黒いチワワがにらみつけていて,飼い主のおばさんに笑われちゃいました......[雨]

ま,そりゃそうですよね。こんなところで望遠レンズ構えて写真撮っているオヤジなんて,変質者と思われてもおかしくありません.....[雨]

チワワってあの体のくせに気が強く,飼うと後悔する,なんて話を聞きますけど,そのようです。おばさんに,「ここ,もうじきなくなるんですよ」って説明すればよかった,と思います。

MBS高石ラジオ送信所7.jpg 周囲は公園です。

送信所の周りに遊歩道もできていて,散歩もできます[晴れ]

MBS高石ラジオ送信所3.jpg なんとも親切な看板。

子供達が野球をして遊んでいましたけど,本当にいい場所です。AM放送終了後は公園となることを期待します。

送信所の敷地は丸くなっていて,周囲がフェンスで囲われていますが,きれいな写真が撮れます。

MBS高石ラジオ送信所2.jpg 頂部はやはり容量環はありません。

MBS高石ラジオ送信所1.jpg 基部と整合器箱。

MBS高石ラジオ送信所4.jpg STL用の鉄塔と。

STL用にパラボラと垂直偏波のFM用八木アンテナが取りつけられています。

土地は一部,第2阪和国道に面していることもあり,店舗用に賃貸されているようで,ケンタッキーなんかがあります。

また,CBCみたいに毎日放送ラジオ送信所と大きなネオンサインがついていて,とてもきれいそうです。

MBS高石ラジオ送信所5.jpg ネオンサインがいいですね~。

MBS高石ラジオ送信所6.jpg 局舎の銘板。

局舎は気がつかなかったのですが,googleの航空写真で上から見ると,三角形の建物なのですね。1961年9月の千里丘放送センター完成まで,ここで放送していたようです。

もう日没だし,ネオンが点灯してもいいのでは......と思って待っていましたが,いっかな点灯する気配じゃありません。このネオンサインは点灯しているのでしょうか。

また,訪問した日はなにか引っ越しか作業をしているようで,たくさんの人が来て作業をしていました。

もとの送信所は大阪市住吉区苅田町にあり,苅田送信所と言いましたが,ABCの半年後,ここに移転しています。同じく出力は50kWです。

残念ながら,ABC同様,北陸はもちろん,近畿北部では聴きにくく,それどころか京都市内で聴きにくい状況だったので,JRの廃止中継局を借りてこの10月まで再送信していました。京都中継局と言いましたが,もう,radikoもあるし,ワイドFMもあるので,必要ないと判断されたのか,廃止になりました[曇り]

今日はここで終了。もう周囲は夜のとばりが降りています。

今晩は信太山に泊まります。あまり泉南地域はホテルがありませんね.....。関空の周辺にビジネスホテルがある以外は少なくて困ります。

夕食はグリル若さんで。ちょっと駅から遠いんですが,創業50年目だそうです。今は息子さんが継いでおられるようで,個人の洋食屋さんが減っているので,本当に貴重です。すごく大きなフィッシュフライ定食をいただきましたが,美味しかったです。

グリル若.jpg グリル若さんのフィッシュフライ定食[晴れ]

 魚が大好きなiruchanは大満足でした~。

みまつ旅館さんに泊まりました。ビジネスホテルだと狭い風呂と毛布1枚のベッドにまいっちゃいますけど,広い風呂と羽毛布団でよく眠れましたし,朝食が豪華でとてもよかったです。なにより戸建ての木造なのでラジオがよく入るし,ラジオ大阪のステレオ放送を聴けて大満足でした。ビジネスホテルだとヘタするとAMラジオはノイズがひどくてまったく聴けないことが多いので.....[台風]

☆和歌山放送・狐島送信所

和歌山放送狐島送信所1.jpg 本当に小さな送信所です[晴れ]

 土入川沿いの狭い敷地にありました。

さて,2日目は本当はレンタサイクル借りて,ラジオ大阪とNHKの羽曳野送信所へ行く予定だったのですが,どうにも体調がよくない......[曇り]

たぶん,昨日の疲れかと思いますが,朝から体がしんどい.....。熱があったりするわけじゃないので,風邪とかじゃなく,単に疲れただけ,と思います。それに,寒波のせいで,天気も悪い。ポツ,ポツと雪まじりの雨が降っています....。

と言うことで今日はサイクリングはやめて,和歌山に行くことにしました。和歌山放送はAMステレオまだ継続中[晴れ],なので,ぜひ聴いてみたい,と思います。

阪和線で和歌山駅へ。iruchan的には東和歌山なんですけどね......いつの話だ?。紀勢線の夜行に乗るとちょうど,和歌山駅が午前0時くらいだったのを覚えています。

南海加太線の東松江駅すぐそばに和歌山放送の狐島送信所があります。

東松江駅.jpg 南海加太線・東松江駅

すでにICカード対応の改札口が島式ホームの端に設置してあるので,もとの駅舎は撤去してしまってもいいのですが,待合室として残っています。某JRは駅舎を取り壊してバス停みたいな駅を作ってしまってブーイング浴びてますけど,南海さんはお客さんに優しくて,とてもうれしいですね。素敵な木造駅舎です。

その某JRのバス停駅? は写真見て唖然としましたけど......。

めでたい電車.jpg めでたい電車と交換しました。

とはいえ,南海のターミナルは和歌山市駅だし,JRの和歌山駅とは3km近く離れているので,ちょっと厄介です。JRの和歌山市駅行きは少ないですしね。今は日中,1時間に1本のようです。昔はもっと多かったような.....。

と言う次第で,駅前から和歌山大学前行きのバスに乗る方が便利ですが,たまたまiruchanの場合は和歌山市駅行きの接続がよかったので,東松江駅まで,鉄道で行きました。

基幹局とは言え,たった5kWなので,こぢんまりした送信所でした。

和歌山放送狐島送信所2.jpg 局舎


和歌山放送狐島送信所4.jpg 住宅地の真ん中で全景は撮りにくいです。

和歌山放送狐島送信所3.jpg 銘板

和歌山放送狐島送信所5.jpg 容量環がついています。

和歌山放送狐島送信所8.jpg 低光度の航空障害灯で,赤色です。

ステーの絶縁に玉子碍子使っているのは驚きますね。

和歌山放送狐島送信所7.jpg 基部と給電部

それにしても小さなオースチントランスがかわいい[晴れ]。▲の障害灯に給電しています。

容量環のついた小さなかわいらしい鉄塔がありました。海が近いせいか,塗装が剥がれ,さびが見られました。

あとは2時間ほど,近くのマサキ珈琲和歌山福島店で休憩。和歌山放送をAMステレオで聴けて大満足でした。

それに,和歌山放送って,昔のAM局みたいにずっと日中は独自編成なのも好ましいです。最近はどこもリストラしているのか,夕方にちょっと自社ニュースをするくらいで,ほとんど東京の放送を中継しているだけ,と言うところばかりなので,和歌山放送の姿勢はとてもよいです。
 
全国どこでも "オールナイトニッポン" が聴ける,というのはある意味,マズいのではないか,と思います。
 
実は和歌山放送も中継しているんですけど,和歌山県自体,地形のせいか,他局が聴きづらいところなので,これはしかたないと思いますし,日中は独自編成の地域密着の番組をやっているのはとてもよいです。
 
本来,ラジオ局ってこういうことが大事なのでは,と思います。AMやめてFMに移行する,なんて言っていますが,現在,FM局の方が地域密着の番組やっていたりして,AM局の努力は足りないし,これじゃ,やはり衰退するだけでは,と思います。
 
ワイドFMに移行するならするで,やはり原点に戻って,和歌山放送のように地域重視の放送をしてほしい,と思いました。
 
それにしても和歌山なのに,雪[雪]。時折,非常に小さな雪粒がザーッと降ってきて,舞っています。この日,和歌山市の最低気温は4.2℃だったやうです。

さて,昼飯はどうしようか,と思ったのですが,あまり周囲に食べるところもないし,ちょっと長居したかったので,ここにしました。それで,実を言うと,iruchanは名古屋に住んでいたので,コメダにお世話になっていたこともあり,近くにあれば,と思ってgoogleさんに聞いたら,このお店が出てきた,と言う次第です。

コメダは創業者が引退され,事業を引き継いだ社長に後事を託しましたが,新社長が東海地域を出て,全国展開すると申し出たとき,創業者からは従来どおりのサービスや経営方針を維持するよう,頼まれたそうです。ゆったりした室内と温かくて美味しい食事は某外資系にないよさだと思います[晴れ]

最近はその某外資系はiruchanはほとんど行かなくなりました.....[曇り]

マサキ珈琲地図.png "コメダ" で検索した結果です[曇り]

     狐島送信所もこちら▲です。

マサキ珈琲.jpg どう見てもコメダのパクリ[雷]

なんだか,店の雰囲気はそっくりだし,11:00までモーニングになっていて,コーヒー1杯にトーストとゆで玉子がついていたり,メニューはそっくり。ものすごく落ち着いた雰囲気で,くつろげるし,追加で昼にフィッシュフライバーガーを食べたら巨大で,美味しかったのでいいのですけど....。

マサキ珈琲モーニング.jpg モーニングです。500円[晴れ]

まー,コメダによー,どぇりゃ~そっくりだでかんわ。

和歌山放送狐島送信所9.jpg 

 和歌山放送を受信中。ちゃんとステレオです[晴れ]

ソニーのPCM-A10が製造中止になる,と聞いて慌てて買いました。CDと同じ,リニアPCMはもちろん,ハイレゾでも録音できるスグレものです。本来はICレコーダなんですけど,こうやってライン入力もついていて,レコードやラジオの録音もでき,録音レベルもAVCじゃなく,manualも設定できるので,iruchanはこれでアナログ音源をPCに取り込んだり,CDにしたりしてます[晴れ]

電池の保ちもよく,旅行中も安心ですし,内蔵メモリも十分で,SDカードを挿入しなくても問題ないでしょう。録音用のケーブルは秋月で買ったプラグで自作しました。

帰りは紀州路快速で大阪へ出て,サンダーバードに乗って帰宅しました。

阪和線の車内で聴いていましたが,残念ながら,やはり山中渓の駅から北はほとんど和歌山放送は聴けなくなりました。本当に和歌山県内だけのエリアになっているようです。

        ☆          ☆          ☆

さて,これで今年のブログ更新も終わりです。1年間,どうもありがとうございました。

残念ながら,私的には今年もよくない年で,悪いことばかりつづいて,また,今も先の見通せない不安な年越しとなりましたが,唯一,阪神タイガース日本一になったのは本当によかったし,勇気づけられました。

皆様,どうぞよいお年をお迎えください。


2024年2月19日追記

和歌山放送からQSLカードをいただきました。ありがとうございました。

和歌山放送s.jpg すべてAM局です[晴れ]

たぶん,ワイドFM用と分けておられるようです。

見ているだけで楽しくなるカードです[晴れ]

また和歌山へ行って放送を聴きます。

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ソニーのAMステレオ対応ラジオ SRF-M100の修理 [ラジオ]

2023年12月17日の日記

SRF-M100-7.jpg ただいま,ラジオ大阪受信中

ちゃんと,AMステレオのインジケータも点灯しています[晴れ]

ソニーが国内で最初に発売した,AMステレオ対応ポータブルラジオのSRF-M100を持っています。

確か,1992年3月,日本でAMステレオ放送が始まったとき,最初のAMステレオ対応ラジオだったと記憶しています。wikiを見るとアイワのCSD-SR80の方が早いようですが,こちらはラジカセですね。ちょっと,iruchanはこちらは覚えていません。

まだ,iruchanも愛用している,SRF-AX51Vなどは確か,もう少し後だったように思います。

AMステレオ放送が始まったけれど,それを聴こうにも,しばらくはSRF-M100しかない時期があったように思います。”ラジオの製作” (懐かし~)でも特集が組まれましたけど,リファレンスはやはりこのラジオでした。

iruchanは速攻でこのラジオを買って,と思っていたのですが,当時,秋葉原にあった石丸電気(こっちも懐かし~~)で買ったらしく,1999年の日付の入った石丸電気のハンコが押してありました。

石丸電気は電気製品だけでなく,輸入CDを買いによく行きました。どうもありがとうございました。

それにしてもどうしてこんなに遅かったのだろう......[曇り]

しかも,買っただけで,そのまま保管していました。普段,聴くのは,もっぱら,モトローラのMC13020Pを使った自作チューナーでした。

やはり,ちょっと妙に大きいのと,PLLシンセサイザチューナというのがどうにも気に入らなかったのだ,と思います。

東京,大阪,札幌,福岡などの局はプリセットしてあり,こういう大都市に住む人には便利なラジオなのでしょうけど,iruchanみたいに田舎に住んでいるといちいち,近所の局を登録しないといけない,というのが面倒だし,どうにも反体制派なので,こういう大都市優遇みたいなラジオが気に入らなかったのだ,と思います。

でも,そろそろAMステレオどころか,AM放送自体が終わりが見えてきたので,それこそ30年ぶりに取り出して楽しんでいます。ただ,iruchanはこのラジオ,SRF-AX51Vなどの方が好きで,持ってはいましたが,ほとんど使わず,新品箱入りの状態でずっと保管していました。

やはりいいラジオですね~~。

音質もよいし,非常に高感度だし,ポータブルラジオの最高峰のひとつ,なんではないでしょうか。

実際,オークションなどでも高いし,新品に近いものだと1万円を超えますね。

ということなんですけど,このラジオには困った病気があるんですね......。

内部の電解コンデンサが液漏れして音が出ない,という症状が出るようです。

幸い,iruchanの持っているのはほとんど使っていなかったせいなのか,それとも,対策品だったのか,なんの問題もなく,ちゃんと音が出ます。

と言うことなんですけど,せっかく,新品同様のものを持っているのでこちらは保存用とし,普段用でいまさらながら,もう1台,オークションでジャンク品を購入しました。

ジャンク扱いとのことなので,やはり,音が出ません......[台風]

ということだったのですが,チェックしてみると,まったく音が出ないわけではなく,静かな部屋に持っていったら,かすかに音が出ている状況です[晴れ]

これ,まずはおそらく出力に使われている電解コンデンサが容量減になって音が小さい状況,と思います。

その昔,トランジスタラジオがまだ6石スーパーだった頃,よくあった現象ですね。

6石スーパーだとOTLじゃなく,OPTを使っているので,出力コンデンサはないですけど,段間のカップリングの電解コンデンサが容量減になって音が小さくなってしまうんですね。

SRF-M100はパワーアンプICを使っているはずですが,単電源のアンプでは,BTLアンプでもなければ必ず,直流カット用のストッピング(出力)コンデンサが必要です。真空管のOTLアンプと同じですね。

この場合,スピーカーのインピーダンスが低いので,大容量の電解コンが必要で,SRF-M100も470μFが使われています。これが容量減となっていることが予想されます。

しかし,まあ,1990年代だし,電解コンデンサの容量減というのは普通,優秀な日本製電解コンならそれほど心配しなくてもよい,と思うのですけどね.....。

このラジオの病気はすでに有名で,いろんな先輩諸氏が治療しておられるので,参考にさせていただきました。

要は,この時代,電解コンは低ESR品が開発されたばかりで,封止材との相性が悪く,その電解液が外へ漏れて容量減となるばかりでなく,どうもひどい場合はアルカリ性の電解液のせいでプリント基板のパターンを腐らせて断線させてしまうようです。

いわゆる電解コンデンサの四級塩問題ですね~[台風]

第四級塩化アンモニウム塩溶液を内部の電解液として使用していた時代があり,最近の製品は使用していませんし,発熱のひどいコンピュータ用などは固体電解に変わってきているので,問題は減っていると思います。

☆四級塩電解コンデンサの交換

SRF-M100で使用されている電解コンデンサは時代的に電解液に四級塩電解液を使用しているようです。他にもソニーに限らず,四級塩電解コンデンサを使っている製品が80年代末~90年代には多いようなので,注意が必要です。

iruchanが買ったSRF-M100がなんの問題もないのは,おそらく,買ったのが遅かったので,すでにこの問題の対策が取られていて,四級塩電解コンデンサを使用していなかったためではないか,と思います。

実際,実はSRF-M100は2種類あって,前期型と後期型に分かれるようなのですが,iruchanが買ったのは後期型で,今回,オークションで落札したのはやはり,前期型でした。

ひょっとして,後期型はコンデンサは対策済なのかもしれませんが,未確認です。iruchanが買ったのは1999年なので,その頃にはこの問題は広く電機業界では認識されていたので,対策がされていたのかもしれません。

なお,前期,後期の違いはソフトケースの違いと,本体は側面のVOLUMEとPHONESの表記がシルク印刷(前期)か,モールド(後期)か,の違いのようです(一番下に写真を載せました)。

以前,オイルコンやペーパーコンのリークについて書きましたけど,これも封止処理が悪く,封止材として使われているゴムが劣化して内部に水分が侵入して絶縁が低下するのですが,この電解コンデンサの場合も同様で,どうも電極引き出し部分から電解液が漏れてしまう,ようです。

ついでですけど,古いラックスの真空管アンプなど,日本製のオイルコンが使われている場合はすぐにフィルムコンデンサに交換してください。音が悪くなるばかりでなく,出力管が昇天したり,OPTが断線する原因になります。

と言う次第で,問題の電解コンデンサを交換したい,と思います。

さて,取り替えないといけないのは,220μFと470μFのコンデンサです。場所は▼です。

SRF-M100'.jpg コンデンサ位置

電解コンデンサ交換個所.jpg印のコンデンサです。

C26,C65の220μFのコンデンサとC64とC53 の470μFコンデンサを交換します。

C65が出力コンデンサで,これが容量減となると音が小さくなります。C53も重要で,これは電源のフィルタコンデンサですが,これが容量減となったり,液漏れしてリークするようになるとVccが低下して音が小さくなったり,最悪,ラジオ全体が動作しなくなります。

C26とC64はデカップリングコンデンサですね。真空管アンプでおなじみだと思います。フィルタと同時に,低周波増幅段が電源を介して結合し,低周波で発振するのを防ぐ目的があります。

半導体のアンプだと全段直結が当たり前なので,普通は0.1μFくらいで,これは高周波ノイズを低減するためのパスコンです。

しかし,なんでこんな大容量なのか.....。

真空管アンプなど,デカップリングのほか,AC電源を使う回路だとリップル低減のフィルタ目的のため,数十μF~数百μFにしますけど,デカップリングが目的なら,WEのアンプみたいにほんの数μFでOKのはずです。

このラジオは電池が電源だし,そんなに大容量は必要ないと思うんですけどね.....。

なお,回路図は国内モデルと海外モデルで異なり,ネット上で入手可能な回路図は海外モデルで,ソニーの場合はAEP modelと書いてあります。アジア,欧州,太平洋地域を意味しています。

残念ながら,仕向地がAEPのモデルの場合,AMステレオ非対応なので,回路は異なります。ピンクで書いている部品は海外モデルの部品番号です。国内モデルと基板上の部品番号が違うので,ご注意ください。iruchanは国内版の回路を持っているんですが,出力部分が欠落していて,海外版から借用して修正しましたが,ちょっと違うかもしれません。

まずは分解します。

背面にねじが4個所と,電池箱の中に1個,ねじがあるので,それらを外します。

電池箱の左右に,ツメがありますので,マイナスドライバーを突っ込んでツメを外せば,簡単にフタが外れます。

ところが......。

何かクサい[台風][台風]

四級塩の電解液の臭いでしょうか.....酸っぱい,酢みたいな臭いがします[台風]

SRF-M100-8.jpg ここにツメがあります。

基板もねじで留まっていますので,ねじを外し,▲のフレキケーブルを外せば,基板を取り出せます。

オレンジで記載した電解コンデンサを交換します。

SRF-M100-3.jpg 取り外した跡

幸い,基板パターンへの影響は少なく,スルーホール部分もきれいでした[晴れ]

この部分が腐食してパターンが消えているとちょっと削ってパターンを復活させる必要があります。

SRF-M100-2.jpg C64, C65の撤去跡

SRF-M100-1.jpg 取り外したコンデンサ。おやおや....[曇り]

470μFは液漏れした跡があります。220μFも底部になにやら黄色い物質が付着しています。メーカは違うので,電解液も少し違う感じです。

それに,負極側がリークする,と言う話でしたけど,一番右の470μFは正極側からリークしているようですし,▼のパターンが断線する個所も,正極側です。

一番左は正常だったようで,▼のチェッカーで400μFくらいの数値を示しましたが,問題を起こすのが予想されるので交換します。

SRF-M100-6.jpg なんや,これ!?

案の定,中国製の部品チェッカーでテストしてみると,そもそも,コンデンサじゃなくて,ものがなんなのか,判断つかないようです。ちなみに確認のため,正常なコンデンサを挿すとちゃんと470μFとか表示しました。

なお,iruchanのは問題なかったですが,液漏れがひどいものはパターンまで腐食し,パターンが断線し,そもそも電源がきちんと供給されない,と言う場合もあるようです。

SRF-M100-5'.jpg この部分の導通を確認してください。

左側の2個所はもともと導通していますので,右側のQ10のデュアルTr XN4608の#3ピンとの導通を確認してください。右上に拡大図を載せておきました。

ただ,どうにもそのXN4608の周辺がきたない......[台風]

液漏れした電解液が付着しているのか,XN4608のピンや基板が茶色く変色しているし,何かが付着して,ちょっと盛り上がっている感じです。ヤッバ~~[台風]

一応,アルコールできれいに拭いておきました[晴れ]

これ,松下製の高PcのPNPと小信号用NPNのTrを1個ずつ内蔵したデュアルTrのようです。本機はタイマーがついているし,マイコンで電源をon,offしているのですが,このQ10で電源を制御しています。

XN4608.pngXN4608

まったく音が出ない,と言う場合はC53 470μFとPNP Trのエミッタをつなぐ▲の写真の裏側にあるパターンが断線してしまって電源を供給していない場合のようです。先ほどの回路図で×とあるところです。その場合はジャンパー線で接続してください。

さて,交換するコンデンサですが,結構,難航しました。

というのはこういう背の低いロープロファイルと呼ばれる電解コンデンサはもはや消滅寸前のようです。部品箱を探したら何個か出てきて,220μFは別メーカのを見つけました。昔,どこかで買ったようです。小型なので,いいコンデンサだと思うんですけどね......。

まあ,そもそもアキシャルリードの部品自体,そろそろ半導体でも抵抗でも,どれもやばい状況なので,しかたないのかもしれませんが......。

とりあえず,なんとか220μFはニチコンのオーディオ用MWシリーズが現行品のようで,秋月で入手可能でした。耐圧が10Vなので,ちょっと大きい(φ8mm×5mm)ですけどね.....。

で,問題は470μF。こちらはいいものがありません。

しかたないので,表面実装用のものが小さなリード線がついているので,それを利用しようか,とも思ったのですけれど.....。

残念ながら,耐圧が6.3V~25V品は全部高さが同じで,10.2mmもあって高杉晋作!

表面実装でこれか? って気がします。

しかたないので,ちょっと値段が高いんですけど,導電性高分子固体電解コンデンサはどうか,と思うと,秋月で売っているPanasonicのは高さ13mmもあります!

千石電商で日本ケミコン製の固体電解を売っていたのでそちらにしました。日ケミのSPCシリーズの6.3V,470μFは大きさがφ6.3mm×8mmで小さいので,こちらにしました。

SRF-M100-9.jpg 電解コンデンサ

中央の2個が,問題の四級塩電解コンデンサで,両側が交換用です。

これでようやくコンデンサが交換できました。

☆セラミックフィルタの交換

次に,いつもやることなんですけど,セラミックフィルタを交換したいと思います。

SRF-M100に使われているセラミックフィルタの型番が不明ですが,表記を見ると450Gという文字が見えますので,帯域4.5kHz品と思われます。

まあ,日本だと9kHz間隔で置局されていますので,妥当な帯域か,とは思うのですけどね......。
 
AMステレオ用に販売された,SFG-450Dの手持ちがまだあるので,交換したい,と思います。これは帯域幅10kHzなので,非常にHiFiです。前回,SRF-A300を改造するときにも使いました。

srf-m100-m13.jpg セラミックフィルタ

 左:オリジナル,右:SFG-450D

残念ながら,ソニーのサービスマニュアルにも,CF2: FILTER, CERAMICとあるだけで,部品メーカの型番がありません。おまけにどういうわけか,黒いオリジナルの方は4本足です。

ムラタのカタログを見ると,たぶん,CFULA450と思います。足が多いのはGNDが2本あるため,のようです。

ちょっとサイズも大きいし,ピン配置も違うので,苦労しましたが,なんとかSFG-450Dに交換できました[晴れ]


srf-m100-m10.jpg 交換した部品類です。

     ☆          ☆          ☆

こうやって,仮組みして電池をつないでみると大音量で鳴るので,修理完了のようです。

外観は割にきれいですし,普段使うSRF-M100として愛用させていただきます[晴れ][晴れ]


2023年12月27日追記

残念ながら,セラミックフィルタの交換はやはりやり過ぎだったようです

というのも,帯域が広くなりすぎ,近隣の局だとひとつ上や,下のチャンネル(±9kHz)でもほとんど音質劣化なく,聞こえてしまいます。

SRF-A300などではこんなことはないんですけどね.....。

ひどい場合,微弱局だと隣接チャンネルの局の方に同調しちゃって本来の局が聞こえません[雨]

これ,原因はSRF-M100はバリキャップチューニングだから,ですね。

SRF-A300はバリコン式なので,フロントエンドでも帯域が決まっちゃうのですが,バリキャップはQが低く,帯域幅が広くなり過ぎちゃったのですね。

バリコンだと中波帯はQが100~200くらいはあるので,セラミックフィルタで広くしても意味がないくらいで,SRF-A300などではQダンプのため,直列に抵抗を入れていますが,SRF-M100ではセラミックフィルタの交換はしない方がよさそうです。

と言う次第で,元に戻すか思案中......です。

近隣局だとものすごくHiFiに聞こえる,と言うメリットはあるのですけど.....。

     ☆         ☆         ☆

iruchanが1999年に買ったのは後期型でした。ちょっと写真をお見せします。

srf-m100後期型.jpg 後期型の取説と箱

srf-m100後期型,前期型.jpg 左:後期型,右:前期型

今回,修理したのは前期型です。VOLUMEとPHONESがモールドになったのが後期型です。他にも,ソフトケースの形状が違うそうですが,前期型は本体のみなので,ケースがありません[曇り]

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