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古いゲルマニウムトランジスタたち [ラジオ]

2012年6月1日の日記

ちょっと用事があって,実家に帰っていました。

部品箱をひっくり返し,古いトランジスタを引っ張り出してきました。20年くらい前,入手したものです。

【RCAの接合型Tr】

RCA transistors.jpg すべて接合型です。

トランジスタの発明は1947年12月のことで,場所はベル研です。ベル研は電話のAT&Tの傘下です。実際のTrの製造はWEです。しかし,通信(電話)と放送(ラジオ)は明確なすみ分けがあり,WEはTVやラジオ用の半導体は作らない代わり,RCAなど他社は電話事業をやらないことになっていました。どこの国でも通信は国が関与し,明確に民間の放送とは区別されました。この区切りはインターネット時代になっても尾を引いていますね。

と言うことで,戦後,日本の電機各社は米国のメーカと技術提携して半導体の製造に乗り出しますが,東芝など大部分の会社はRCAと提携しました。NECとソニー(当時東通工)はWEでした。ソニー以外は原材料や製造装置の供与など,技術的なノウハウも含む包括的な契約なのに対し,中小企業だったソニーは提携と言っても単なるライセンス契約で,特許を使わせてもらえるだけの契約でした。そのため,実際にトランジスタを製造するのは極めて困難だったと思います。特許の使用料は$25,000(約900万円)だったようです。しかし,できあがったTrは他社とは出来が違い,ラジオの中身を見ても,NEC製ラジオなんか自社でTrを製造していたのに局発やIFなど高周波部分はソニー製だったりするのが多く,ソニー製のTrの性能は高かったのです。なんでも自分で一から取り組んだ企業は違うな,と感心するばかりです。

トランジスタの製造に当たっては,装置の製造から始めないといけませんし,その他たくさんの細かなノウハウや材料,化学工学や冶金工学など幅広い技術が必要です。1952年,ベル研のファーンが高純度ゲルマニウムを製造するためのゾーン精製装置を発明したとき,溶けたゲルマニウムを入れておく舟みたいな形状のグラファイト(黒鉛)が必要だったのですが,不純物が入っていると精製装置の高熱で焼けてしまい,穴が開いてしまうのでこれも高純度のカーボンが必要でした。そこで日本の技術者が問い合わせたら,「そんなの,原子炉用のを使えばいいんだよ」と返事が返ってきて呆然とした,というのもよく知られています。そういう意味で,日本はアメリカのマネをしていただけだ,と言う人がよくいますが,トランジスタに関する限り,マネをするだけでも大したものだったと言えると思います。

これらのTrは米国のアマチュア無線の会合で露店で買ったように思います。別にプレミアがついているわけじゃなく,適当に古そうなのをまとめて何ドルかで買ってきただけです。

一番古いのは2N34です。最初は,これは樹脂封止の点接触型だと思いました。バーディーンらが発明した点接触型は実際に増幅作用があり,最初のトランジスタとなりましたが,実際の製造は困難で,WEでもRCAでも量産したのはごくわずかです。なにより,0.1mmくらいの間隔で2本のスズ線をゲルマニウムの結晶に立てておかないといけないのですが,ちょっとした振動でずれてしまいますし,量産するのは困難なことはすぐにわかります。

RCAでは1948年11月に点接触型のTA-150を発表します。その後,TA-160TA-161などの番号の点接触型Trを発表しますが,TAで始まる番号は試作タイプで,実際に量産したのは2N322N33です。2N32が低周波用で,2N33が高周波用でした。1953年4月のことです。点接触型のスズ線がずれないよう,樹脂で固めてあります。試作から量産まで5年近く経っているのはこの技術を確立するためだったと思います。一方,同じ月に発表した低周波用の2N34は接合型です。どちらも同じ形状です。2N34の試作番号はTA-153です。接合型や成長型はベースの厚みが問題で,どうしてもなかなか高周波で使用できるものにできませんでした。その点,点接触型は余裕でラジオにも使用できる性能を持っていました。2N33は50MHzまで使用できると発表されています。短波でも使えますね。下手すると超短波でも使用可能です。

トランジスタの発明者と言うことではショックレーが有名で,今も "トランジスタの発明者ショックレーらは" ,と言う具合に書かれることが多いですが,これは例の雑誌 "Electronics" に載った,3人の写真のせいもありますね。実はこの写真は "やらせ" で,記者がトランジスタの発明時の状況を再現してくれ,と頼んであとで撮影した写真です。中央の顕微鏡を覗いているのがショックレーで,背後にバーディーンとブラッテンが立っています。これじゃショックレーが主役ですね。ところが,彼は点接触型の発明には携わっていません。偉大な発見の時,彼は不在でした。本来ならノーベル賞の授賞からは外れていたかもしれませんが,彼はその後,猛烈に巻き返し,接合型トランジスタの発明をします。ノーベル賞はこのご褒美だったと思います。確かに,点接触型はとても量産できるものではなく,トランジスタの量産は接合型によるものだったので,点接触型だけなら今の社会への貢献はなかったと思います。

しかし,やはりショックレーはとんだ食わせ物で,天才の名をほしいままにし,ベル研を去ったあと,自身でショックレー研究所を設立し,独自に半導体の研究,製造を始めようとしますが,彼が選んだ選りすぐりの天才たちはまもなく独裁者の彼を見切り,フェアチャイルドの半導体部門を作ります。ロバート・ノイスやゴードン・ムーアたちですね。彼らがさらにスピンアウトしてのちにインテルを設立しました。

ショックレーは,晩年は優生学に凝り,自身の精子を冷凍保存したり,優秀な遺伝子を残すための研究や知能の低い人の不妊手術を主張します。ヒトラーと同じですね。だから私はショックレーは尊敬なんかしていません。

2N34を見つけたとき,最初は点接触型の樹脂封止タイプだ,と思いました。こういうタイプがあると言うことは知っていました。あとで接合型とわかり,ちょっとがっかりでした。2N34の規格はVcbo=-25V, hFE=40, Ic=-8mA, Pc=50mWです。

同じ会合の露店でWEの点接触型type Aを$100とかで売っていたのを見つけました。ちょっと高いな,と躊躇して一周していたらもう売り切れていました。残念。と言うことで,まだ点接触型のトランジスタは入手していません....。

2N41は1953年9月の発表ですが,補聴器用です。当初,トランジスタは使える周波数が低く,ラジオなんてとても無理で,補聴器くらいしか使えない,と言われていました。ソニーの井深さんが渡米してWEと特許使用の交渉をしている際,何に使うのかと聞かれ,ラジオと答えたら,補聴器用ならともかくそれは無理だ,と返事されたというのはよく知られていますね。

本格的に量産され,大量に使用されたのは1955年の2N109からです。2N1392N140は翌年発表された高周波用Trです。どちらも初期のRCAのトランジスタラジオに使われています。2N217は出力段用で,Vceo=-25V,Ic=-70mA,Pc=50mWです。 

【松下電器製のトランジスタ】

戦前から松下電器は真空管を製造していましたが,TV時代を迎え,高品質の真空管の製造が不可欠とわかり,提携先を探しました。そこで松下幸之助氏が欧米各社を訪問した結果,1952年に蘭Philipsに決めます。他社は米国だったのに,なぜPhilipsか,というと松下幸之助氏はアメリカのような大量消費社会の技術を日本に持ち込んでもダメで,オランダのような小国にどうしてあのような大企業が育ったかを学ぶべき,と考えたためだそうです。慧眼ですね。

ただ,提携にかかる金は膨大で,イニシャルコストは55万ドル(当時約2億円)と合弁子会社の売り上げの7%のロイヤリティーを要求されました。7%は膨大で,それを逆に松下電器の経営指導料という名目で4.5%にまけさせた,というのは有名な話です。

こうして1952年12月に合弁の松下電子工業(MEC)が誕生します。Philipsの出資比率は30%でした。また,この提携は半導体にも適用され,1956年に締結されます。

ただ,55万ドルとはソニーとは桁が違いますね。さすがは松下さん,とは思いますけど....。それに,結局,作ったのはMullardの互換品というのもなぁ,と言う気もします。だから私はソニーのファンなんですよね。

正直なところ,戦前や終戦直後の松下製の真空管というのはお粗末なもので,たいへん品質の低いものでしたが,Philipsとの提携後,見違えるように高品質なものになったことは手許の真空管を見るとよくわかります。もっとも,松下だけでなくどの会社も終戦直後の真空管はひどいものですけどね。

ということで,松下製の半導体というのはPhilipsの互換品からスタートしました。英Mullardと同じ型番のトランジスタが製造されています。

松下OC72-2.jpg 松下製のOC72

OC72はラジオの出力用の低周波の石で,Mullard製が有名ですね。ギターアンプのファズ用にマニアの人が集めているそうです。元箱には正価1,600円と記載があります。サラリーマンの初任給が1万円くらいの時代だったので,こんなのを飛ばしてしまったらたいへんなことになりますね。メーカも高価なものなので,化粧箱も凝っていますし,説明書までついています。小さな鉄板みたいなものは放熱器です。当初,MullardのOC72同様,↓ のMA23みたいな黒色の細長い形状だったはずなので,金属缶に入った後期版だと思います。

松下OC-19.jpg 出力用OC19

OC19は出力用のTO-3型パッケージに入ったTrです。規格はVcbo=-32V, Ic=-1.5A, Pc=50W です。わざわざ全周を金メッキしたり,たいへんなものです。2SB119の表記もありますので,私が持っているのは1960年以降の製造のようです。こちらは正価3,200円と書いてあります。

松下OC-19-1.jpg なぜか,もう1個は何の表記もありません。

絶縁用のシートとネジがついていますが,なぜかシートはプラ製で,マイカ製じゃありません。この時代,マイカ製が普通だったと思います。

松下MA-23.jpg バリスタMA23

バリオードはバリスタのことです。出力段のTrのバイアス調整用です。OC19とセットでパワーアンプ用に買った人から譲っていただいたと思います。バリスタなら足は2本のはずですが,これは足が3本です。どうやって使うんだろ,と思ったら2本は接続して使います。おそらく,中身はOC70などのTrで,hFEが足りなかったりした規格外れのものをこうやって売っていたのだと思います。

【東芝】

東芝2SB47.jpg 化粧箱がいいですね。

 2SB47 Vcbo=-25V, Ic= -50mA,Pc=80mW

真空管とそっくりな化粧箱に入った東芝のTrが出てきました。戦後,真空管最大手の東芝も半導体の研究を開始し,1957年1月,横須賀工場から量産されたトランジスタが初めて出荷されました。それもたった300個でした。1日かかっても良品は1個あるかどうかという状況で,これじゃ歩留まり率じゃなくて,出現率だとみんな言っていたそうです。東芝はTrの製造に関してはRCAとの包括契約なので楽だったはずですが,そういう企業でもこのような状況でした。

その時,新入社員の女性(トランジスタガールですね)があまりに悔しいので,自分で製作時の気温や湿度などを事細かく調べ,歩留まりの向上をはかったというのも有名な逸話で,日本人はこういう現場の従業員の踏ん張りもすごかった,と言う話を聞きます。

初期の東芝のTrは黒塗りで,つやのある高級な漆みたいな感じでした。RCAの黒塗りのはつや消しで,少々,安っぽい感じです。Toshibaじゃなく,マツダと書かれた2S52などがあるはずで,ぜひほしいと思っています。マツダは東芝の電球や真空管のブランド名で,ゾロアスター教のアフラ・マツダから来ています。光の神様ですね。自動車のマツダは創業者が松田さんだったからで,アフラ・マツダとは関係ないようです。英語はMatsudaじゃなくてMazdaとなっていますが,これは欧米で通りがよいからなんでしょう。一方,東芝のマツダの方は真空管ハンドブックに "MATSUDA VACUUM TUBE HANDBOOK" と書いてあるので,Matsudaだったようです。

東芝真空管ハンドブック-02s.jpg 私のマツダ眞空管ハンドブック'53年版。MATSUDA とありますね。

東芝2SB-189.jpg 2SB189

放熱フィンのついた2SB189です。普通,放熱フィンに型番が書いてありますが,なんにも書いていないので,外からじゃ型番がわからんやろ,と思いましたが,フィンの間に刻印してあるそうです。親切な方からご教示いただきました。Vcbo=-25V,Ic=-250mA, Pc=250mW


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ゲルマ屋本舗

2SB189は放熱フィンの溝の中に筆記体で「TOSHIBA」「2SB189」と刻印してあります。
by ゲルマ屋本舗 (2012-08-12 22:06) 

iruchan

どうもご教示ありがとうございました。写真を撮っているときに気づきませんでした。

修正しておきました。ありがとうございました。
by iruchan (2012-08-14 12:20) 

電子の技術ーテレビジョン

YouTubeの「電子の技術ーテレビジョン」東京シネマ1961年製作
https://www.youtube.com/watch?v=AlvRzQr3ts4
を見てバリオームを検索してたどり着きました。
何の知識もありませんが、バリオードってバリスタではなくバリキャップではないですか。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%82%BF_(%E9%9B%BB%E5%AD%90%E9%83%A8%E5%93%81)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%AA%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%83%E3%83%97
http://radiokobo.web.fc2.com/Globtown/bbsbox/17-8.html
http://fomalhautpsa.sakura.ne.jp/Radio/MJ/1958-10/2bandTR-Radio.pdf

MA23はまだ在庫があるみたいです。
http://tokai-corp.jp/zaiko/panasonic/zaiko_panasonic.html

by 電子の技術ーテレビジョン (2019-09-29 17:28) 

iruchan

松下のバリオードは出力段の温度補償用に,おそらく,OC72などの失敗作を流用したものです。要はP-N接合が1個しかできなかったので,それをダイオードとして販売したものです。

おそらく,容量変化もあるので,バリキャップとしても使えるはずですが,当時は出力段の温度補償用で各社,このようなものが売られていました。
by iruchan (2019-09-29 19:24) 

とく

MA23の旧型ですね、ガラス封止時代の。
MA23の後のサフィックスで、対になる出力石があったように記憶しています。
バリオード(松下の商標?名)は可変容量ダイオードで、シリコンの特別なものだけと思ったのですが、どうやら温度補償用としてもバリオードの名将を使ったようですね。

黄色いダイオード(のちに黒塗装)のMA301(シリコバリオード)がテレビに使われていました。
石屋から規格外のトランジスタを温度補償用のバリスタにしていると聞いたことがあります。

マツダ表示のトランジスタは見たことがないです。
旧品種の石出して見ましたが、うちの2S15は東芝になっていました。
私はOC16、OC19Aや2SB119、MC190が欲しいです。
by とく (2021-05-28 12:04) 

iruchan

とくさん,どうもコメントをありがとうございます。
MA23は説明書があり,出力Trの温度補償用のようです。可変容量ダイオードとしても使われたようですね。MA301についてもご教示ありがとうございました。
マツダのロゴ(例のGEのロゴにそっくりなやつ)入りの黒塗り2S52は見たことがあります。知人のものでしたけど,写真を撮らせてもらえばよかったと思います。
OC16だとMullard製がeBayに出ています。
by iruchan (2021-05-28 16:16) 

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