2016年1月3日の日記

 

皆様,明けましておめでとうございます。また本年も電子工作に励んで参りたいと思いますのでよろしくお願いします。

さて,新年早々のネタはラックスが1970年代に発売していたKMQ60の修理です。前回,知人からの頼まれ物の修理をしていますが,今回は自分のです。

KMQ60はNECの名3極管50C-A10をプッシュプルで用い,出力30W×2のステレオパワーアンプです。デザインも左右対称でコンパクトにまとまっており,非常にかっこよいし,何より家庭用に30Wという出力が手頃なのと,出力管が3極管のため,音もよいのでベストセラーとなりました。

出力管50C-A10 

オリジナルの回路図です。 

ただ,このアンプ,製品としては出力トランス(OPT)が切れやすい,と言う問題があります。同じく50C-A10ppのプリメインアンプSQ38FDも同じ問題を抱えています。 

昔からラックスのOPTは切れる,という話をよく聞きますが,その中でも特にこれらのアンプで使用されているOY-15-5と言うトランスは切れやすかったようです。タンゴやタムラなどほかの会社のものは切れた,と言う話を聞かないので,何か製造上の問題があったのだと思います。

原因は,2つあると思います。

 ① 内部の銅線が腐食して切れる。

 ② 何らかの原因で過電流が流れ,OPTがヒューズ代わりになって切れる。

たいていの場合,原因は①だと思います。私のもこれだと思います。内部のピッチの防湿処理が甘く,水分が抜けきっていない状態のため,銅線が緑青を吹いて切れてしまうようです。

私は原因はこれだけ,と思っていたのですが,先日直した知人のアンプは②のようです。

ラックスのアンプは伝統的に固定バイアスのものが多く,バイアス回路にトラブルがあって,グリッドに正規のバイアス電圧がかからなくなって出力管に過電流が流れ,OPTが切れてしまうようです。KMQ60やSQ38FDも固定バイアスです。 

特にこれらのアンプはバイアス回路に安物の半固定抵抗を使っていて故障が多い上,カップリングコンデンサもMPコンやオイルコンなので,長年の間に吸湿してリークし,バイアスが下手をするとプラスになってしまって過電流が流れたりするようです。 いつも書いていますが,古い真空管アンプの修理をするときは必ずカップリングコンデンサは最新のフィルムコンに交換しましょう。先月,コンデンサチェッカを自作してオイルコンやMPコンなどをテストしていますが,これらは新品未使用というものでもリークしますのでご注意ください。

と言う次第ですが,いったん,OPTが切れてしまうとやっかいで,素人では巻き直しができません。まあ,アマチュアでも凄腕の人は中のピッチを溶かして巻線を取り出し,自作の巻線機などで巻き直す方がおられるようですが,私にはできません。

と言う次第で,このアンプは20年ほど前に組み立てたものですが,完成して2年ほどで切れてしまい,以来,ずっと実家の押し入れで眠っていました。

このアンプは頂き物で,未組み立ての状態のものをさるご高齢の方が "もう,私には組み立てできませんので....." とおっしゃて譲ってくださったものです。もうその方は他界されてしまいました。放置したままなのは本当にせっかくのご厚意を無にする行為であり,早く修理したいと思っていました。

ようやく,山形の調所電器さんがラックスのトランス類の巻き直しをしてくださることを知り,アクセスしてみると,できます,とのことでしたのでお願いしました。

中の巻線を取り出した上,同じケースと端子板のまま巻き直していただけるので外観は全く変わりません。本当にありがたいことです。音ももとのラックスのトランスより透明感があり,広帯域なようでとてもすばらしいです。

さっそく,巻き直したトランスを組み込みますが,さすがに20年前に組み立てたものなので,いくつか手を入れたいと思います。

中は20年前に私が組み立てたものですが,すでにコンデンサや半固定抵抗はすべてキット同梱のものは使わず,新たに購入した独EROのフィルムコンデンサとコパルのRJ-13型半固定抵抗などで組み立てていますので,これらの交換は不要でしょう。

ケミコン類もブロックの電解はオリジナルの日ケミのものを使っていますが,シャシー内の小型のものはジェルマックスのBlackgateに換えてあります。もうBlackgateは入手できません。残念です。

 ケミコン類はBlackgateにしています。

配線もキット同梱のものは使わず,日立電線のLC-OFC電線を使っています。位相補正も日通工のディップマイカを使いました。

なぜかダイオードだけはキットのものを使っていました。おそらく,オリジン電気製のクラシックなダイオードが気に入ったのだと思います。これはやはりファーストリカバリに交換したいと思います。断然ノイズも少ないし,音もよいです。

使ったのはB電源はVishayの1000V,3AのUF5408です。ウルトラファーストリカバリDiと称していて,trr=75nsと非常に高速です。まあ,KMQ60はそんなにB電流は大きくないので,一回り下の1000V,1AのUF4007でもいいのですが,あまりにも細身で心配なくらいなのでUF5408にしました。シリコンDiはなぜか10年ほどで壊れることがありますので,極力,定格的にもサイズ的にも大きなものを使う方がよいと思います。一昔前なら東芝の1S2711を使うんですけどね。あれは金属ケース入りでよかった......。

バイアス電源整流用はUF4007にしました。オリジナルの三洋SIR60は例によってリード線が真っ黒に変色していました。

 初回完成時の状態

B電圧を下げるべく,トランス1次側は117V端子を使用しています。 

 今回,FRDに取り替えました。

バイアス回路にコパルの半固定抵抗を使っているのは製作時からですが,やはりこういう専用の半固定を使う必要があります。キットについていた半固定抵抗は安物です。一方,真空管アンプのバイアス回路には音量調整用のボリウムを使う人が多いですが,これはスライダーが1本か2本しかないうえ,もとから普段,回転させて使うものなので,半固定抵抗のように動かさないものだと接触不良になりやすいので私は使いません。もし,こんな可変抵抗が接触不良になったら......。

そのほか,KMQ60の回路の欠点として,出力管のカソードが直にグランドに落ちています。せめて10Ωくらいの抵抗でも入れてあると,過電流の時にそれが切れるのでいいのですけど。といって,抵抗を入れるくらいなら今はポリヒューズがありますので,それを入れておきます。

今回,前回の修理の時と同様,レイケムのRXEF010を使いました。保持電流0.1A,トリップ電流0.2Aのものです。ポリヒューズは保持電流とトリップ電流の間のどこかで動作し,以後,最大でも保持電流を保つようになっています。

今回のものだと0.1A~0.2Aのどこかで動作し,最大0.1Aの電流に制限してくれます。 "どこかで" なんて曖昧な表現ですが,それは室温に影響されるからで,特に真空管アンプの場合はシャシー内部が高温になりますので,比較的早めにトリップしてくれると思います。なお,ポリヒューズは耐圧が低いのでプレート側には入れられません。高圧用のポリヒューズが入手できればいいのですけど。まあ,ヒューズなので,故障してしまっても問題ないのですけどね。

 ポリヒューズを挿入しました。 

単純にカソードとグランドの間に挿入すればよいだけなんですが,周辺のラグ板には空き端子がなく,結局,ラグ板を追加で取り付けてドライバ段のカソード抵抗(17kΩ)を移設したりしなければならず,工作は大変でした。

さて,これらの交換をしたらまずは出力管を差さずに,スライダックを使って徐々に電圧をかけていきます。特にB電源のフィルタコンデンサは20年も使っていなかったので,いきなり高圧をかけると絶縁皮膜が破壊されることがありますのでゆっくり電圧をかけます。最初はAC50Vくらいで止めてしばらく様子を見ましょう。まあ,日本製のケミコンは優秀なのでいきなり高圧をかけてもヒューズが飛んだりするようなことはないと思いますが,念のためです。

何も問題がなければ正規にAC100Vにします。

すぐに,50C-A10のバイアス電圧をチェックします。カソード(#10)にテスターの黒いリードを,グリッド(#9)にテスターの赤いリードを当ててみて,-40~-50Vくらいの電圧が出ているか確認します。各半固定抵抗を回してみて,スムーズに動くことを確認したら,バイアスは-50Vより深い位置(絶対値で大きな電圧)にセットします。

いよいよ出力管をさして正規のバイアス電圧にかけ,バランス調整を行います。

なお,今回は私のアンプはちょっとB電圧を下げていますので,バイアスは-45V,プレート電流30mAくらいにします。

ところで,実を言うと,KMQ60の設計の問題点として,B電圧が高すぎる,というのがあります。

最大プレート電圧450Vの50C-A10に450Vをかける,と言うのがオリジナルの設計です。もちろん,ぎりぎりとは言っても球のメーカは450Vまでは動作保証しているはずですので,問題はないはずなのですが,やはりぎりぎりというのは球の寿命の点からできれば避けたいところです。実際,NECもプレート電圧が450Vの時の動作例は発表していないようです。規格表にも記載がありません。

このアンプは私が最初に組み立てて調整しようとしたとき,スイッチを入れたらいきなり出力管の1本で内部でスパークするものがあり慌てて電源を切りました。

メーカの保証範囲だと思うのですが,450Vぎりぎりではスパークする球があるようです。

こうなるとB電圧を下げるしか手はありません。

幸いにも私のKMQ60に使用されている電源トランスには117Vの端子があり,それを使ってB電圧を下げました。こうすると50C-A10のプレート電圧は389Vでした。やはりこれくらいの電圧が適正だと思います。問題の出力管もこの電圧だとスパークしませんでした。

50C-A10自体,大量に生産されたようですし,私が中学生の頃は大きな部品屋さんにはたくさん在庫があり,どの店に行っても売っていた,というような時代でしたから最大定格ぎりぎりの電圧でもよいのでしょうけど,やはり今のような時代になると少しでも電圧を下げて長生きしてもらいたい思います。お手持ちのKMQ60で117V端子がある,前期型のものでしたらぜひこのようにしてください。

また,今回,プレート電圧388V,バイアス電圧-45Vで設定したのも長寿命化のためです。NECの規格表だと400V時のバイアスは-40Vです。私の設定値より本来ならもう少し浅い方がよいと思いますが,-45VだとB電流は30mAくらいで,0信号時のプレート損失は約11Wです。ラックスのオリジナルだとプレート電圧450V,バイアス-50Vで,それぞれ40mA,18Wとなります。プレート損失が大きいほど,発熱も大きいし,当然ながら寿命は短くなるのでプレート損失は小さめにしました。

ただ,問題は後期型です。KMQ60にはよく知られているとおり2種類あり,私のは前期型ですが,後期型は電源トランスがS-1791というものに変わり,1次側は100Vのみです。2次側も前期型が360Vなのに対し,後期型は340Vに下げられています。おそらく,前期型は私のように出力管がスパークしたりするトラブルがあったので,端子電圧を下げたのでしょう。前回の修理依頼品が後期型でした。私のはシリアル番号40万番台ですが,知人のは50万番台でしたから,50万番台くらいからあとは後期型のようです。そのときはユーザの方からオリジナルのままで,と言うご希望があったので,そのままにしてプレートに450Vがかかる状態で修理完了としました。

後期型の場合,B電圧を下げるには

 ① 出力管を自己バイアスにする。

 ② B電源をチョークインプットにする。

 ③ ブリッジDiとトランスの間にコンデンサを入れて整流前のAC340Vを下げておく。

と言う方法が考えられます。簡単なのは②のチョークインプット整流ですが,この場合,B電圧は私もSpiceでシミュレーションしてみたのですが,320Vくらいになってしまい,ちょっと下がりすぎ,という気がします。出力も20Wほどに下がります。それに,チョークコイルのインダクタンスが不足でリップルが残ってしまい,リップル電圧が大きめです。

 Spiceでのシミュレーション結果 

①の自己バイアスだと50C-A10のバイアス電圧分(50V)だけプレート電圧を下げることができます。ただ,回路的には簡単ですが,実際には出力管4本分を改造しないといけないので,結構面倒です。

③だとコンデンサの値により自由にB電圧を変えられますし,改造も簡単ですが,コンデンサが10~20μFのもので,AC用と称する専用のフィルムコンデンサが必要で,サイズが大きくなります。普通売られているコンデンサはDC用なのでご注意ください。実際にAC電流を流して使用するコンデンサはリップル耐量が大きくなっています。誘導モータなどの始動用コンデンサなどで使われています。前回,この方法を考えたのですが,実際に実装するとなるとサイズが大きいので結構大変だと思います。

 15μFが適当です。

ちなみにコンデンサのインピーダンスは容量と周波数に逆比例しますので,容量が大きいほど電圧降下は小さいです。15μFというシミュレーション結果も私は60Hzの地域に住んでいるので60Hzでの結果です。50Hzの場合は知りまへん.....(^^;)。 

なお,上記いずれの方法もSpiceでシミュレーションしただけで終わってしまい,実際に実験していませんので,動作については実際に配線してみて確認する必要があります。 

さて,無事に調整も終わったらf特と最大出力特性を測っておきます。 

 今回の周波数特性です。

80Hz付近でカーブが波打っているのは使っている発振器のせいです。一度,校正に出さないといけない感じです。 

最大出力はB電圧を下げているため,ラックスの規格表より小さく,27Wくらいとなりましたが,十分な値だと思います。 

1kHz正弦波形

 10kHz方形波応答

いよいよお楽しみ......。いよいよスピーカとCDプレーヤをつないで音を聞いてみます。

でも,ここで問題発生。どうにも5分ごとくらいにボソボソとノイズが出ます。非常に低い周波数で,スピーカのコーン紙がふらつきます。

困ったな~。可能性としては抵抗内部の断線です。特にKMQ60は日本製のアンプには珍しくソリッド抵抗が使われています。A&Bなんかの米国製のアンプにもよく使われるタイプです。丈夫なプラケースに抵抗体が収まっていて,信頼性が高いのでしょうが,たまに中の抵抗体が断裂してアークを生じ,このようなボソボソというノイズが出ます。

オシロで見ていると原因はドライバの6AQ8近辺のようです。 そこで,周辺のいくつかクサそうな抵抗を換えてみましたが変わりません。

結局,6AQ8をソケットから何回か抜き差ししたら直りました。単にソケットとピンの接触不良のようでした。よかった~。

では,いよいよ音楽を聴いてみます。 

今年初めての1曲目だし,20年ぶりに音を聴くと言うことでやはりマーラーの交響曲第2番でしょうか。

何でかって? マーラーの2番はもちろん,"復活" ですね!!!

 メータ&VPOの "復活"

マラ2の名盤というとやはり断然,メータ&ウィーンフィルのDECCA盤でしょう! 1975年録音のアナログ時代最高峰の録音で,演奏も超名演として知られています。クリスタ・ルートヴィヒのメゾ・ソプラノも美しいです。これで決まり,ですね~。

う~~ん,やはりいい音ですね~。50C-A10は特にハムが少ないことでも有名で,半導体のアンプ並に非常に静かです。音もよいし,なかなかいい球です。プッシュプルなので重低音がすごいです。やはりいいアンプだな~。

と言う次第で,ようやくラックスのKMQ60を復活させたというのが2016年最初の仕事でした。

また本年もどうぞよろしくお願いします。 

 やはり真空管の灯りはいいですね~~(^^;)。