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SHURE STEREO PREAMP M64について~その1~ [オーディオ]

2019年11月10日の日記

昨年5月,米SHURE社がカートリッジの生産をやめると発表しました。
 
同社は60年以上にわたってレコード再生用のフォノカートリッジの生産を続けてきましたが,レコードの市場の縮小にともない,製品の品質を維持することが困難になったから,ということらしいのですが,おそらくはより収益の上がる製品にリソースを集中しよう,と言うことなのだと思います。
 
でも,とても残念です。特に,最近は若い人の間でレコードが見直されてきて,人気も出てきた,と言う矢先の出来事なので,とても残念に思っています。
 
まあ,今ではどこの企業もそのような方向へ進んでいますし,選択と集中は避けられないのだと思います。むしろ,いままでカートリッジの生産を続けてくれていたことに感謝したいと思っています。

とはいえ,iruchanはクラシックファンで,いつもカートリッジはMCタイプなので,実はSHUREの製品は買ったことがありません.........(^^:)。

なくなりかけてきたから,とか,なくなるからと慌ててiruchanもEF58(古っ~~!!)を追いかけたり,廃線間際の羽幌線士幌線(だからぁ,古いってば!)などのローカル線に乗りに行ったりしていたので,これは鉄ちゃんの常ですが,やはりカートリッジにしたって鉄道にしたって,普段の時期から買っておいたり,乗っておくべきものだと思います。

と言うことなんですけど.....。

結局,iruchanも今ごろになってSHUREの製品を探しています。カートリッジのV15は昔から,買おう,と思っていました。生産終了前に買っておくべきだったと反省しています。やはり,ジャズを聴くにはV15ですよね~。

と言う次第なんですが,iruchanはもう1台,SHUREの製品を入手したいと思っていました。

ステレオプリアンプのM64です。V15やM44などの同社製カートリッジにはぴったりでしょう。

SHURE M64 preamp6.jpg SHURE M64 STEREO PREAMP
 
SHURE M64 preamp1.jpg 背面です。
バッテリーでの動作も可能なように,直流の30V電源コネクタがついています。
 
SHURE M64 preamp2.jpg 底面です。
 
    Made in Evanston, Illinois, U.S.A.って,いいですね~~~[晴れ]

iruchanも中学の頃,オーディオ屋さんに並んでいたのを今でも覚えていますし,何よりいかにもアメリカ製,という雰囲気がとても好きでした。

非常に息の長い製品で,改めて調べてみると,設計はとても古く,1964年のカタログには載っていますし,内部はシリコンTrを使ったディスクリート構成ですが,シリコンTrは1960年頃の開発なので,おそらく,1960年から64年の間の開発だと思います。さすがに1950年代,と言うことはなさそうです。

1984年のカタログにも載っているので,ずいぶんと長寿命な製品ですね。

iruchanのは説明書に1975の表示がありましたので,その頃の製品でしょう。

回路的には初期の半導体アンプの特徴で,Marantzの7TやJBLのSG520などと同様,まるで真空管アンプです。シングルのアンプを2段接続した構成で,さすがに初段と2段目は直結されていますし,初段はNPN,2段目はPNPを使って,直流電位を0V近辺に戻すような設計がされているのはさすがに半導体アンプです。真空管じゃあ,こういうわけにはいきませんからね。回路的にはとても古く,まだ半導体用の回路技術が確立されていなくて,真空管時代の呪縛から逃れられていません。半導体アンプが近代的な差動アンプを用いた半導体アンプらしい回路になるのは70年代半ば以降のことです。

回路については,説明書に記載されており,説明書が入手できなくても,ネットを検索するとPDFが見つかります。

説明書を見ると,初段にTIS97(NPN),2段目に2N5087(PNP)をエミッタ接地アンプとして使用しています。それぞれ,オリジナルはテキサス,モトローラですね。TO-92のモールドTrです。シリコンTrなので,形状も現在のものとほとんど変わりません。その点,JBLのSG520などは一部,ゲルマニウムTrを使っていて,TO-5のメタルキャンパッケージのものが多いのと対照的です。

いずれも,今でもMOUSERやDigiKeyで表示されますけど,TIS97はオンセミかFairchildで,しかも生産中止品と表示されるので,購入は無理な感じです。2N5087はCentral Semiconductor製が入手可能なようです。

ただ,どれもオリジナルのメーカじゃないので不要ですし,気長にeBayで探せばオリジナルのTIやモトローラ製が手に入ると思います。

SHURE M64 Spice simu.jpg M64の回路です。

早速,Spiceでシミュレーションしてみました。きれいなEQカーブ特性が表示されました。

さすがにSpiceの標準部品にはTIS972N5087はなかったのでネットで探したところ,下記でした。とりあえず,問題なく動くようです。Spiceをインストールしたホルダにある,standard.bjtをメモ帳で開いて,下記を追記すれば使えます。Spiceのシミュレーションについては,また次回以降,詳しく書きたいと思います。

.model 2N5087 PNP (Is=6.734f Xti=3 Eg=1.11 Vaf=45.7 Bf=254.1 Ne=1.741 Ise=6.734f Ikf=.1962 Xtb=1.5 Br=2.683 Nc=2 Isc=0 mfg=Motorola)

.model TIS97 NPN(Is=12.03f Xti=3 Eg=1.11 Vaf=37.37 Bf=877.7 Ne=1.971 + Ise=1.439p Ikf=.1072 Xtb=1.5 Br=4.379 Nc=2 Isc=0 Ikr=0 mfg=TI)
 
さて,iruchanもM64をオークションで落札して入手しました。驚いたことに新品未開封というもので,1980年代くらいまでは売られていたと思いますので,比較的このようなデッドストックが残っているようです。
 
昔はプリアンプと言えば,必ずphonoのポジションがあり,EQアンプは内蔵されていましたから,わざわざこのような外付けのEQアンプを買う必要はなく,最後の方は売れ残ったのだと思います。
 
もっとも,1960年代はまだテープレコーダもEQアンプが必要だった時代ですし,特にスタジオではマイクロホンを使うこともあったので,M64が必要とされました。イコライザカーブもPHONO(RIAA)とFLAT(マイク),TAPE(NAB)と3種類のポジションがあるのも本機の特長です。レコードも一部,モノラル時代にはテープと同じNABカーブだったレーベルがありますし,ダイナミックマイクの適当なアンプがない場合は本機をFLATにして使えますから,便利です。
 
買ったときに,音が出ない,と言う前提だったので,安く買えました。まあ,簡単な回路だし,鳴らなくてもすぐに直せるだろう,と思いました。実際,通電したらなんのトラブルもなく,動作しました。若干,EQカーブの切り替えのSWが接触不良気味なので,そのせいでしょう。パネルにリベット留めなので修理は難しそうです。最悪,レコードしか聴かないので,接触不良なら,裏でハンダ付けしてしまえばよいと思います。
 
さすがに新品未開封だとおそらく40年は眠っていたはずですから,一通り,内部をチェックしたあと,慎重にスライダックを使って加圧しました。
 
特に問題もなく,AC100Vを印加しました。すぐに,2次側の直流出力を調べますが,ちゃんと20V出ており,問題なさそうです。
 
SHURE M64 preamp3.jpg 内部
 
やはり多数のセラミックコンデンサが見られます。EQ定数を決めるコンデンサには当時だとスチコンが定番なんですけど.....。セラミックだと誤差が大きいし歪みも大きいので,決してEQアンプでは使わないのですが.....。
 
SHURE M64 preamp5.jpg 
 
青い電解はPhilips製のようです。灰色のはIllinois Capacitor製だと思います。抵抗はA&Bのようです。
 
電源(奥)は真空管みたいにセンタータップ式のトランスを用い,両波整流になっています。紫帯のDiが珍しいです。以前,PioneerのC-21プリアンプの修理のときに使った,サンケンののFRDのようにも見えますが,まさか,当時だからFRDじゃないと思います。説明書の部品表からはGIの1N4002のようです。
 
トランスはEIコアの小さなもので,何も磁気シールドなどはありませんが,ハムは問題にならないようです。iruchanもLF356Hを使ったEQアンプを学生時分に作りましたけど,EIコアのトランスでもまったく問題になりませんでした。
 
電源のフィルタも3端子レギュレータや定電圧電源になっていなくて,真空管プリみたいに単なるπ型のCRフィルタですが,ハムは出ないようです。
 
SHURE M64 preamp4.jpg 348はモトローラ,TIP626はTIでしょう。
 
TrはシリコンのTIS972N5087のはず,と思っていましたがおかしな型番が書かれています。変だな~と思いました。
 
最初,モトローラのTrの型番はBC348ではないかと思いました。普通はBCはPhilips系のTrの型番ですが,モトローラも作っていたようです。ところが,モトローラの規格表を見てみると,NPNです。Q3はPNPのはずですからおかしいです。一方,もう1個はTIP626と読めますが,こちらは不明,TIだったらTO-3の大型Trのはずで,何か型番は変です。
 
どうも変だ,と思ったら,説明書の回路図を見ると,34886B348というSHUREの部品品番で,やはりメーカ型番は2N5087のようです。たまに,半導体など,出荷先のセットメーカの部品品番が書かれていることがありますが,どうもそのようです。ただ,TIP626はよくわかりません。SHUREの品番では86A336で,やはり半導体としてはTIS97と書かれています。
 
と言う次第で,いまいち,使用されている半導体の詳細は不明ですが,ネットを見ると,やはり,どこかで途中,Trが変わっているようで,時期によりTO-92ではない,てっぺんが丸くドーム状の形状になっているTrを使っていたりします。たぶん,2N5087の初期の形状はこちらだと思います。おそらく,製造中止となったため製造年代により,使用されているTrは変わっていると思います。
 
☆特性
 
さて,届いたM64を調べてみます。さすがに製造されてから40年は経っているはずなので,イコライザカーブもずれているだろうし,f特と入出力特性を調べておきたいと思います。
 
特に,M64のネットの記事を見てみると,皆さん音が小さいと書かれているのが気になりますし,Yahoo!などではゲインを12dBほどアップさせた改造をしたものが売られていたりします。どうにも変な話なんですが.....。
 
でも,iruchanはちょっとピーンときました。その原因についても調べてみたいと思います。
 
原因はおそらく,半導体のパワーアンプをつないでいるせいだと思います。
 
また,まさか皆さん直接パワーアンプをつないでいるわけではないと思いますが,本機はPREAMPと記載されているものの,実体はEQアンプなので,プリアンプのAUXに接続するのが正しいです。ゲインは▼にもあるとおり,35dBしかないので,直接カートリッジの出力からパワーアンプを駆動できるゲインはありません。
 
半導体のアンプは入力インピーダンスが低く,10kΩ程度です。このような負荷を真空管プリアンプや本機のようなプリアンプをつなぐとまずいのです。よく,真空管プリアンプには真空管のパワーがよい,と言われるのには音的な相性という理由以外に,具体的な理由があります。
 
真空管プリアンプの場合,出力は12AX7ECC83)などのハイμ真空管のプレートから取っていることが多いです。真空管の時代はこれでなんの問題もありませんでした。
 
この場合,12AX7の内部抵抗が100kΩ程度ありますし,プレートの負荷抵抗も100kΩ位使っていることが多いので,出力インピーダンスとしては50kΩ程度と非常に大きいのです。こういうアンプに,10kΩなんて低い入力インピーダンスのアンプをつなぐと出力電圧が下がってしまいます。
 
本機も,何らバッファーアンプもない,エミッタ接地アンプのコレクタから出力を取っているのでハイインピーダンス出力で,現代の半導体アンプをつなぐと苦しくなってしまいます。せめてエミッタフォロアがはいっていれば,という気がします。
 
半導体の場合,バイポーラTr入力のものはベースに電流が流れるのでどうしても入力インピーダンスは低いですし,FET入力のものでも,ゲートとGNDの間に入っている抵抗が大きいとFETの漏れ電流のせいでSP出力のオフセットが大きくなるため,あまりこの抵抗を大きくできません。ということで半導体のアンプは入力インピーダンスが低いのです。
 
まあ,本機は設計が1960年代ということもあり,接続するアンプは真空管であることが前提の設計だったと思います。まだ半導体は黎明期で,プリアンプ用の小信号用Trは実用化が進んでいましたが,パワーTrはまだ小型のものしかなく,シリコンのパワーTrも開発が進んでいましたが,非常に高価であったため,パワーアンプも米国では6L6GC7591などのビームパワー管を使ったものが多かった時代です。
 
真空管は入力インピーダンスが非常に高いですし,FETのように漏れ電流の問題もないので,入力レベル調整用のVRなどに100~250kΩなど,値の大きなものを使うことができ,真空管プリや本機を接続しても問題ないのです。
 
ということで,本機の負荷抵抗についても調べてみたいと思います。出力の負荷抵抗として,10kΩと100kΩの場合を比較してみました。
 
負荷抵抗.jpg こんなダミー抵抗を作ってテストしてみました。
 
やはり違いが出てしまいます。
RIAA入出力(RL=10kΩ).jpg入出力特性(RL=10kΩ)
 
RIAA入出力(RL=100kΩ).jpg入出力特性(RL=100kΩ)
 
EQアンプなので,本当なら100Hz,10kHzも測らないとまずいのですが.....。おまけにRL=10kΩの時は反対側のチャンネルを測るの忘れちゃいました......。どうも申し訳ありません。
 
最大出力電圧は10kΩの時は3.7V(rms)くらいなのに対し,100kΩだと5.7Vと大分差がついてしまいます。
 
また,クリップしたときの波形を比べると,
 
RL=10kΩ cl(P1010601).jpg RL=100kΩ CL(P1010603).jpg
      RL=10kΩ            RL=100kΩ
 
負荷抵抗が10kΩの時はまず波形の下が潰れるのに対し,100kΩの時は上下対称に潰れます。上側が入力で,下側が出力です。
 
これは,負荷抵抗が重すぎて,動作点の変更が必要なことを示しています。上下非対称に潰れると奇数次の歪みを生じて非常に聞きにくくなります。100kΩだとほぼ正常な動作点だと思います。
 
次にRIAA偏差を調べてみます。
RIAA偏差(RL=10kΩ).jpgRL=10kΩ
RIAA偏差(RL=100kΩ).jpgRL=100kΩ
 
RIAA偏差は負荷抵抗により大した差はないですが,低周波と高周波で差が出ていて,やはり100kΩの方が偏差が小さいことがわかります。ただ,そうはいっても,どちらも40Hz以下と10kHz以上で偏差が大きいですね~。
 
やっぱ,イコライザ素子にセラミックコンデンサを使用していて,誤差が大きいためだと思います。
 
一応,SHUREの説明書には,40Hz~15kHzで±2dBと書いてあるので,カタログ通り,と言うことなのでメーカの保証範囲内です。ただ,iruchanは自作アンプだったら再調整,という感じですね.....。
 
おそらく,SHUREのM64が音がよい,とされているのはこの辺の誤差が原因かもしれません。
 
なお,低周波で偏差が大きいのはフォノモーターのランブルノイズを低減させるため,わざと低減させていることも多かったので,異常な特性ではありません。
 
1kHzでのゲインは100kΩの方が1dBほど大きくなっています。
 
最後に,FLAT特性についても調べておきます。
 
1kHzでのゲインは25dBほどで,-1dBで,10Hz~20kHzという感じです。半導体のアンプにしてはお粗末な特性ですが,2石しかないアンプではこんなものでしょう。
 
FLAT f特(RL=10kΩ).jpgRL=10kΩの時
FLAT f特(RL=100kΩ).jpgRL=100kΩの時
 
と言う具合で,やはり現代の半導体アンプをつなぐには苦しいようです。実際,説明書にはminimum recommended load 22kΩと書かれていますので,最低,22kΩ以上の入力インピーダンスが必要なようです。何らかのインピーダンス変換機構が必要で,SHUREの説明書にも,プロ用機器とのバランス接続のためにA-95型マッチングトランスを使用することが推奨されています。本来はこういう使い方をするアンプのようです。
 
家庭用としては,UTCやタムラの2:1くらいのトランスを使うとよいと思います。また,iruchanは自作することを考えているのですが,そのときはエミッタフォロアを1石,入れようと思います。
 
特にノイズもなかったので,次回,レコードを聴いてみることにしましょう。


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